「さあ?どこに行こうかなあ」
寒いとこがいいかな。雪がいっぱい降って真っ白になるところ。
軽い口調でそう云って適当な笑みを浮かべるつもりだったのに、つい顔が引きつった。どこかで聞いた台詞だと気付いてしまったからだ。
(ああ、寒いところで生まれ育ったって、アンタ云ってたっけ)
彼の口調には望郷なんてこれっぽっちも含まれていなかったけれど、故郷を語る時の彼の表情は柔らかかった。いい思い出なんかないと云ったくせに、その美しさは丁寧に語ってくれた。故郷なんてものを持ったことがない佐助は、黙って彼の話を聞きながら、いつか、そういつか、その地に訪れる日が来ればいい。そんな想いを抱いていた。
佐助の様子に違和感を覚えたのか、さすが刑事と思わせる表情で片倉は佐助を見た。多分彼にも云いたいことはあるだろう、と思う。しかし片倉は結局何も云ってこなかった。云われていたら、どうだろう。上手く誤魔化せただろうか?自信がない。何も云われなくて良かった、と安堵する。
佐助は笑みを浮かべたまま片倉に向かって肩をすくめ、そして前田を見た。
「俺さ、アンタに知らなくて良いことは世の中にいくらでもあるんじゃないかって云ったよね」
前田が眉間にしわを寄せて頷く。
「それ、今も変わんないから。知らない方が幸せだってことも、いっぱいあるよ世の中には」
一度知ってしまったら知らなかったことにはならないし、見えるようになってしまったものは見えない頃には戻れない。知ってる範囲で、見えてる範囲で幸せなら、それでいいじゃないかと思っているよ。矛盾してるけど。
(だってそうしたらきっと、あの人は自分を殺そうとなんてしなかったのだから)
「だから、チカちゃんと毛利さんには内緒」
人差し指を立てて口元にそえた。悪戯をした子供のような気持ちになった。実際、その程度の気持ちだったのかもしれない。
「俺は何よりも大切な人を、殺すつもりだった。…そして、俺自身も殺すつもりだったんだよ」