SNOWDROP-Side:Kojyurou



すぐには答えられなかった。声が震えると分かっていたからだ。

「なんだ」

十分間を取ったと思ってから口にした言葉は、躰の中から吐き出された煙のように頼りなく大気中に消えた。その行く先を見届けるように空を見上げ、やはりその眩しさに目を細めて小十郎は口元を緩ませた。

終わると思っていた世界は今も変わらず存在している。
止まったとばかり思っていた時間は正確に時を刻み続けている。
青い空は天にあって、地には途切れることなく道が続く。
どこかで終わってしまえばいいのに。思ったくせに理性は現実を見つめ続けた。
すっぽりと穴が空いたのに、確かに自分の中にあったものがなくなったのに、それでも生きていくのに何の問題もないと知ってしまった。

「片倉さんはこれから…どうするんすか」
「どうもしねえよ。これまでと、何も変わらない」

口にしたら、本当に何も変わらない気がした。
朝、コーヒーを買って署に顔を出す。朝からテンションの高い前田を嗜めながらすぐに署を飛び出す。あっちこっちと走り回って、夜中に家に戻って倒れるように眠る。それを繰り返す。
突然電話で呼び出されたり、無理難題を吹っかけられることがなくなる。それだけのことだ。
相槌とも独り言とも取れる曖昧な言葉を発して前田が「でも」と口調を強める。無言で前田に視線を向けると、彼はひどく真面目な顔で小十郎を見つめていた。
上手い言葉が見つからないのか、それとも云うのを躊躇っているのか、前田は口をきつく閉じたまま。仕方なく小十郎は、笑って「変わんねえんだよ」と言葉にしなかった前田の疑問に答えてやった。

「分かってるんだろ、お前も。結局、終わるか終わらないかは自分自身の問題なんだ。誰がどうなろうとどうしようと、何も変わんねえんだよ」
「だけどそれって…」
「辛いさ、確かにな。だけどそれが真実なら、いつかは認めざるを得ないんじゃねえか?愕然とするけどな、その瞬間は」

小十郎は笑った。
笑う以外の表情を作るのが辛すぎたからだ。
前田が顔を歪めて視線をそらした。その素直な反応が、自分にもできればいいのにと小十郎は思う。心のままに現実から目を背けられたらどんなに楽だろうかと思うのに。

建物の扉が開いた。
鞄を肩に掛けて猿飛が姿を見せる。その表情に感情はなかった。
「猿飛、」と前田が声を掛ける。彼は小十郎たちに向かって「どーも」と笑ってみせた。
あまり親しい仲ではないが、普段の彼は知っている。此処に来てからは一言二言くらいしか会話を交わしていないが、普段の様子とあまり変わりがないと感じていた。それが逆に引っかかっていた。

「おい」
「はいはい」

軽やかに階段を下り、セダンの傍に寄ってきた猿飛は、やはりいつもと少しも変わらないように思えた。
注意深く観察しようと試みるが、彼はそんな思惑を見透かしてか、「何すか」といつもの調子で笑うだけだった。だから、「お前はどこに行くんだ?」と唐突に訊いてみた。

「え、俺?」

本当に吃驚したみたいに猿飛は瞬いた。












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