SNOWDROP-Side:Keiji



この曲だ、建物を見上げて慶次は思った。

「いい曲だろう」と自分のことのように云った彼の表情はよく覚えている。
「いい曲だね」答えた慶次に、「当たり前だ」と彼は満足そうに笑った。

―だって俺の一番好きな曲だからな。

そうだ、彼の好きな曲だった。慶次自身の好きな曲でもあった。
弾いている本人と話をする機会はなかったが、いつか必ず「アンタの曲は最高だ」と伝えるつもりでいた。もしかしたら今がその時なのかもしれないと思ったが、何かを話す気には到底なれなかったから、慶次はただ建物から流れてくる音楽に耳を傾けていた。
彼、と話したのは多分その時限りだったと思う。後は全て上司である片倉から聞いた話だったはずだ。

興味本位だった。この建物に足を踏み入れたのは。
それがこんなに辛い想いを残すなんて、思ってもみなかった。

セダンに背を預けて同じように曲に耳を傾けている片倉の背中を見つめる。この人はきっと自分の比じゃないくらい重い現実を受け止めて、それでも前へ進もうとしているのだろう。
サンダーソニアを墓石の前に置いてもなお、涙のひとつも見せなかったこの人はどうやって現実を受け止めたのだろう。泣いたのだろうか、自分を失いそうになったのだろうか。本当に、現実を捉えているのだろうか。
訊いてみたいことは沢山あった。訊いてもよいものなのかは分からなかった。
訊いてどうするのかなんて考えていなかった。何を返されてもきっと、それに対する返答なんて見つからなかったのに。

「片倉さん」

思わず孤独な背中に呼びかけていた。












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