SNOWDROP-Side:Motochika



元親は感情のままに鍵盤を叩いた。音は指が覚えていた。途中で止まってしまったらきっと、続きは弾けないだろう。だから指が動くままに音楽を奏でた。タイトルなんて忘れてしまった。元々知らなかったのかもしれない。どっちでもいい。
調律されていない音は不快で、音を重ねれば重ねるほど吐き気が襲ってきた。それでも途中で指を止めなかったのは、多分、すぐ傍に元就が立ってじっと音に耳を傾けていたから。長い睫を伏せて何を考えているのかは分からなかったが、彼も苦しんでいるのだということは知っていた。

深く自身の思考の中に埋もれている。そんな気がする。ずっとそうやって一人で抱え込んできたのだ。他ならぬ元親の為に。それがひどく口惜しいのに、また何も出来ない。

―俺には手が二つもあるのに、この手で出来ることなんてほとんどないんだな。

昔、そう呟いた元親に元就は云った。

―我はピアノも弾けない。

彼には珍しく妬むような表情でそんなことを云うものだから何だか可笑しくて、元親は「それがどうした」と笑ってみせたが、元就はひどく真面目な顔で「その違いは大きい」とやはり羨望のこもった口調で呟いた。そして、「お前の手は人を救える」とおおよそ普段の元就の口から聞くことのできないだろう言葉をあっさり吐いてみせた。
だけどもしそれが本当なら、もっと違う結果があったのではないか、と元親は思う。
例えばあの、暗闇を臨む窓の前に立ち痛みを堪えるような表情を見せた友人を救うことだってできたのではないか、と。

(そんなこと云ったら、またお前は困るんだろうな)

目を伏せた。曲は指が覚えているから問題はない。
自身の奏でる音を聞きながら、元親は思った。

彼を救うことはできなかった。
お前を救うことはできるんだろうか。

「元就、」呼びかけると動く気配があった。
言葉にしてしまうと途端に価値のないものになってしまうような気がした。そもそもそれを言葉にして、伝えて、何になるのだろう。意味がない。

「ありがとう」

それが一番適切な言葉だったのかどうかは分からないが、今伝えるのに悪くない言葉だとは思った。
顔を上げたら或いは、元就の泣きそうな顔を見ることが出来たのかもしれない。結果として顔を上げなかったから、彼がどんな顔をしていたのかを知ることはできなかった。礼儀として上げるべきではない、と思ったのだ。彼がどんな表情をしていようと。
元就が喉を鳴らした音だけは否応なく耳に届いたから、元親の判断は間違っていなかったといえるかもしれない。
大きく息を吐いて、両手の力を抜いた。
手の位置を大きく変えて右手だけで音を奏でる。次第に音が増える。両手全ての指を使っても、先程のような勢いはない。柔らかい、穏やかな曲。
元就がピアノの傍からすっと離れて、窓枠に手を置いたのを視界の端で捉える。大きく窓が開かれた。そんなはずはないのに、その瞬間部屋が光に包まれたような気がした。












人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -