SNOWDROP-Side:Motonari



誰かを救えるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
けれど、まさか自分がこれほどまでに無力だとも思っていなかった。
守っているつもりだったよ。守ろうとしていたんだよ。

今となっては只の言い訳。
本当に守ろうとしていたのは誰だったのか。
傷つく誰かを見て傷つく自分じゃあなかったのか。
結局、誰も守れなかったし誰も救えなかった。
後悔している。言葉にするのは簡単だったけれど、云ってしまえば全てが無駄になってしまう気がした。
少しも後悔なんてしていない。嘲ってしまいそうな言葉を平然と口にするのは、ぎりぎりまで自分を追い込んだ状態に似ている。逃げ出しそうな自分を叱咤し踏みとどまらせる。多分、一生。
何ができたんだろう。何をしたんだろう。
その結果が、良かったのか悪かったのか。

ベッドに置いたスーツケースを力任せに押さえつける。
部屋に射し込む日の光は暖かく、僅かながら心を穏やかにしてくれた。長い間この部屋にいたのに、そんな感情を持ったのは初めてだ。元就は顔を上げてぐるりと部屋を見渡す。荷物らしい荷物はほとんどなかったけれど、それでもスーツケースがいっぱいになるくらいには身の回り品があった。正直驚いた。何も持ってなんかいないと思っていたのに、いつの間にか沢山のものを抱えていたらしい。


「準備、できたか」
「ああ」

ノックもなしに部屋を覗き込んだ元親の方をちらりとも見ずに、元就はスーツケースをベッドから下ろした。ドン、と重い音が部屋に響く。

「結構な荷物になったな」

どこか嬉しそうに元親が呟いて部屋に足を踏み入れる。鼻歌でも歌いそうな足取りだった。窓際に置かれたグランドピアノの正面に立ち、目を細めてそれを見下ろす。一瞬だけ迷うような仕草をみせたがすぐに蓋を押し開き、指を鍵盤に落とした。まるでとても大切なものに触れるように優しく鍵盤を撫で、そして満足そうに微笑む。

「本当に持っていかないのか?」
「ああ、こいつは置いていく」

ポン、音を鳴らして「ひでぇ音」と元親は眉をひそめてみせた。そのくせ、顔には笑みが浮かんだままだ。
この時間を取り戻したくて自分は闘っていたのだ。元就は思った。だがその代償はとてつもなく大きかった。代価交換という言葉が正しいのであれば、手に入れたかったものに等しい代償ということになるのだろう。少しくらい利子のようなものがついたのかもしれない。
どうにも憂鬱な気持ちが晴れなくて元就は俯いた。

「持ち歩くには重すぎるしなあ」

軽い口調で呟いた元親の言葉が、純粋なピアノの重さだけを指しているのではないことくらい分かっていた。しかしあまりに自然に元親がピアノの前に座り、精神を統一するみたいに目を閉じているのを見て、元就は微かに笑った。そして心中で謝罪した。
傲慢だと罵られようが、呆れられようが構わなかった。

(結局、何一つ守れなかったし救えなかった)

消化しきれない気持ちを罪悪感に変えれば、少しは楽になるような気がした。

(誰よりも卑怯で臆病だったのは、我だったな)

突然、空気が揺れて元就は顔を上げる。
一瞬何が起こったのか分からなかった。だがすぐにピアノの音だと気付いて、元就は大きく瞬いた。
「元親、」と呼びかけようとしてやめた。普段呼びなれない名前で呼ぶことを躊躇ったからだけではない。声が震えてしまうような気がしたからだ。だから黙って耳を傾けた。
カタンカタンと鍵盤の音が鳴る手入れを怠ったピアノの音は、ひどく懐かしいもののように感じた。












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