「だから、私、何も知らないんですって」 薄暗い取調室の、簡易な椅子に座るこの女子高生は、 僕が何を訊いても、馬鹿のようにそれしか言わなかった。 まあ、知らないだろうね。 偶然死体を見つけただけだ。本当はこいつから聞く話なんかない。 「いやあ、そう言わずにさ。何かない?変だなって思ったものとか」 「あったとしても、一番変なものの話はしたじゃないですかぁ」 にこにこと。 とても楽しそうに、間延びした気色悪い敬語で、彼女は云う。 同じ学校に通う先輩の死体を"一番変なもの"とは随分な物言いだ。 可愛い顔してとんでもねえ性格してんな、このガキ。 あー。ムカつく。 嫌悪に似た感情を抱きはするが、表情には出さない。 奥にある小さなテレビの黒い画面に、僕の困ったような笑顔が映っていた。 反吐が出る。 この女も、あの場所に放り込んでやろうか。 どうせなら散々怖がらせて。 泣かせてから。 「小西さんさぁ、山野アナの遺体第一発見者だったでしょう。 それであんなことになっちゃったから、次は君が狙われるかもしれないよ」 現に、現在狙ってるしね。僕。 女子高生もこの言葉には流石に面食らった様子だった。 うんうん。こうでなくちゃ。 山野真由美も小西早紀もそのまま放り込んじゃったけど、流石に三回目だ。 アシがついても困るし、念には念を。 そろそろ帰っていいよ、なんて言って立ち上がりながら、 電気のスイッチに手をかける。照明を落として、女を抱えて、ポイで終了だ。 僕のすぐ後ろに、彼女は立っていた。 照明を落とした瞬間には「あ」と声を漏らしたものの、 抱え上げてテレビの近くに運び込むまでに抵抗は一切見せなかった。 全く抵抗せずに。 頭から入れられる、その直前に。 唇をゆがめて、僕を見つめて、×色の瞳を爛々と光らせて。 ばぁか、と。囁いた。 * 「君さ。知ってたんでしょ」 ガラス越しに見る刑事さんの顔は、二ヶ月前とは別人のようだった。 アマノサギリ、だっけ。 歪んだ視点は刑事さんのものでも、背中を押したのはあいつだったのかもしれない。 今となっては、それも関係ないことだけれど。 「何をですか」 「とぼけないでよ。性格悪いなぁ」 呆れたように肩をすぼめた刑事さんは、私を視界から外したようだった。 虚空を見つめて、唇をまっすぐに結んで。 ばぁか、と。呟いた。 「あら、私のことですか」 「まあ聞きなよ。女子高生。馬鹿ってのは勿論、僕のことだ」 君が言ったんだよ。 そう自嘲ぎみに笑いながら、刑事さんは言った。 そういえば彼は私を名前で呼んだことがない。私も呼んだことがない。 覚えていないのかもしれないな。 この人は、私を。 「君は山野真由美と小西早紀の殺害方法を知っていたんだろ。 犯人が僕だってことも、当然知ってたわけだ」 「だけど君は逃げなかった」 「何故だい?殺す理由はなんでもいいけど、殺される理由はそうじゃないだろ」 「答えて欲しい。答えてくれたらきっと、僕は君を」 あなたはわたしを、なんですか。 伏せていた顔を上げると、気だるげな、それでいてまっすぐな瞳が見えた。 この人の瞳をこんなにも間近で見たのは初めてかもしれない。 だけどさ、いえるわけないよね。 "ほぼ"初対面の殺人者に私が何を期待していたかなんて。 でもさ、まさか殺害志望理由を訊かれるなんて思わなかったよ。 この人には言えない。 だからそこの人、あなたにだけ教えましょうか。 動機は愛に飢えていたこと (我は影、真なる我。) (私はこの人に殺されることで、この人の永遠となりたかった) (滑稽でも理不尽でも、それが私の本心で私の真実) - - - - - - - - - - 「曰はく、」様へ提出させていただきました。 |