わたしの実家は和菓子店である。 それなりに代々受け継がれている老舗店で、うちの味を愛してくれている常連さんは多い。店先で応対するわたしは、彼女たちとの雑談に花を咲かせた。 噂好きな彼女たちの話題は、勿論事件。 夕方になる頃には第一発見者が小西早紀であることも、被害者が不倫で騒がれていた山野真由美アナウンサーだってことも、彼女の遺体がアンテナにぶら下がっていたということも、すっかり周知となっていた。おばちゃんの情報網、恐るべし。 日が落ちて、閉店時間になった。 わたしが店先のシャッターを下ろしていると、無人の商店街を見慣れない車が走っていった。紺色の車だ。やや遅いスピードでわたしの背後を通過したその車は、小西酒店の前で停止する。降りてきたのは、件の早紀さんだった。 「早紀さん!」 車が走り去ったのを見計らって、彼女に駆け寄る。 制服姿の早紀さんはわたしへ向き直り、ふんわりと微笑んだ。 「おーっす、美咲ちゃん。今日もお疲れ」 「あ、ハイ……って、わたしはいいんですよ。今の車は?」 「ん…ああ。警察の人。送ってもらったの」 少しうんざりしたような顔で、彼女は言う。 そして言い切った後で思い立ったらしく、軽く目を瞬いた。 「って、聞いてるかな。私、今日の帰り…」 「尚紀から聞いてます。…その、大変でしたね。こんな遅くまで」 よく分からないけど、取調べを受けていたんだろう。 ただ死体を見つけて通報しただけなのに、どうしてこんなに遅くまで拘束するんだろう。警察、ひどいな。…早紀さんの青白い顔を見ていると、自分のことじゃないのに自分のことのように腹が立った。 「ありがと、美咲ちゃん」 早紀さんの柔らかい声を受けて、我に帰る。 そうだ。早紀さんは疲れてるのに。わたしまで拘束してどうするんだ。 慌てて頭を下げて、ゆっくり休んでくださいね、と言葉を取り繕う。 早紀さんはありがとうと笑って、自宅の中へと消えていった。 「……殺人、かぁ」 被害者の名前を聞いても、第一発見者と話しても。 それでもやっぱり、実感が湧かない。サツジンというその単語を、ずっとテレビや小説の中のものとして認識していたせいだろうか。どうしてもわたしの住む街で、わたしの家のすぐ近くで、わたしの知る人が死んだという実感が湧かない。 気味の悪い感情に頭を抱えたが、聞こえたトラックのエンジン音に驚き、閉めかけのシャッターのことを思い出した。やばい。早く閉めないと、母さんに怒られる… |