自転車を飛ばす尚紀を見送り、徒歩で帰路につく。
霧は大分晴れたけれど、やっぱり寒い。わたしは肩を竦めながら歩き、くしゃみを一つして。改めて顔をあげ……硬直した。

「……えぇっと」

変な人を見つけた。
…ああいや、その人間自体が変なわけじゃなくて、ていうか知り合いなんだけど、その人の体制とか状況が変っていうか。なんていうか…ええっとぉ。

「こんにちは、花村先輩。お元気ですか?」

わたしの眼前にあるものは、電柱。
道路に倒れた黄色のマウンテンバイク。転がる先輩・花村陽介。
考えるまでもなく、彼は電柱に突っ込んだんだろう。
相当痛かったのか、あらぬ場所を押さえて「割れる割れる」と呻きながら転がり続ける花村先輩。……わたしじゃなかったら通報してるぞ、これ。

「元気じゃねえ…元気じゃねえよ……」

だろうね。見れば分かるよ。
だって花村先輩、未だにわたしの顔見てないし。重傷すぎる。

「その声…美咲だろ。頼む、手を…手を、貸してくれ…」

「ええ〜? 現在進行形で股間押さえてるその汚い手を、カワイー後輩に握れって言うんですかぁ? リアルに変態っぽいですよ、マジ引くわぁ」

「そこまで言うのかよ!?」

傷ついた声で叫び、飛び上がるように起立した花村先輩。
ううむ。尚紀もなかなかだけど、この人のツッコミスキルは特筆すべきものがあるよね。喋っててすごく楽しいもの。本人には言ってあげないけれど。

「それにぃ、触ったら花村菌が伝染っちゃいそうですしぃ」
「キモイ喋り方はやめろ。つーか花村菌て何!」

語調の荒い先輩を他所に、打ち捨てられたマウンテンバイクを起こす。
歪んでるけど幸い目立った外傷はないから、まだ乗れそうだ。
ハンドルの部分にわたしの鞄を引っ掛けて、ダメージの残る先輩に代わって自転車押し係を引き受ける。家の方角も大体同じだし、ちょうどいい。

「花村菌は、あらゆる不運・あらゆる不幸を呼び寄せる恐ろしい菌です」
「うっ…」
「主に日常会話でのスベり、空回り、女難、交通事故が呼び寄せられます」
「放っとけよ!!」

涙目でツッコんだ花村先輩が、わたしを睨む。
……ああいや、違うかな。睨むっていうか、顔を眺めてるように見える。

「……女難は、当たってるな」
「ひどい」

反論はできなかったので、曖昧に笑って誤魔化す。
花村先輩は自らの自転車を押すわたしに並び、他愛無い話題を次々と提供してくれました。転入生が来た。里中や天城とまた同じクラスだった。さっきまた、天城に突撃かました勇者がいたんだぜ。その他諸々。

そして最後を締めくくった話題は、もちろんコレ。

「そういやさ、さっきの事件。なんか殺人だって噂だぜ」
「聞きました。怖いですね」

噂じゃなくて真実なんだけど、伝えるべきじゃないよね。
必然的に『第一発見者が小西早紀』ってとこまで喋る羽目になりそうだし…花村先輩のためにも尚紀のためにも早紀さんのためにも、黙っているが吉だろう。

「美咲も怖いとか言うんだな。なんなら、明日から送ってやろうか?」
「事故りたくないんで、お断りします」

それに、本当に不安になったら頼れそうなのが隣に住んでるし。
即答で断った後にそう継ぐと、花村先輩は不思議そうに首を傾げた。
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