八十神高校は一学年につき三クラスある。 クラス替えは毎年度あるらしいけれど、三クラスだ。ただでさえ知り合いばっかりで辟易してるっていうのに…とても目新しさは望めそうにない。 「尚紀と同じクラスなのも三年目だよ…」 「俺を睨まれても困るんだけど」 わたしの前の席に着席し、呆れているのは小西尚紀。 お隣さんの巽家のお向かいさん…つまり、わたしにとっては斜向かいさんにあたる酒屋の息子で、第二子。お姉さんの早紀さん諸共、幼少期からの知り合いである。 「ていうか、完二は? 受かったんでしょ、八十神」 「受かってたけど…」 唇を尖らせ、机に突っ伏す。 巽完二の家に入り浸り、中学校の勉強範囲を叩き込んだのは記憶に新しい。その甲斐あってか(いや、あいつは元々努力家だけれど)、完二はわたしたちと同じ八十神高校に合格した。合格したのだ。 「合格したのに、入学式フケやがった!あの野郎!」 「あはは!やっぱりか!」 「笑うなぁ!」 憤るわたしに、尚紀は「あいつが学校来ないのなんか今更だろ」と笑ってみせる。彼の目尻には涙すら滲んでいた。…笑い上戸は相変わらずらしい。 そして拗ねやすいのが変わらないわたしは、納得できない、と舌を打った。 「なんだったら、迎えにいってあげれば?美咲は家隣りだろ」 「いやだよ。そんな幼馴染みたいな真似」 「幼馴染じゃん」 尚紀が的確なツッコミをかました時、教室の扉が開いた。 このクラスで唯一と言っていい初対面さん、担任の近藤先生がご入室。先生は明るい笑顔でハキハキと自己紹介を済ませ、連絡事項を伝えた。 「よし!じゃあ霧が出てるから、気をつけて……」 長い話にピリオドが打たれようとした、その瞬間。 ぴんぽんぱんぽーん、と間の抜けた音と共に、校内放送が喋りだした。 内容は簡単。『教師は職員室集合。生徒はその場待機』、だ。 近藤先生が退室した直後の教室がざわめく。 なにやら不穏な空気だ。前方に見える尚紀の背中をつつこうと手を伸ばした時、今度は学校の外からパトカーのサイレン音が聞こえてくる。 「なになに、事件っ?」 「うわぁ、めっちゃパトカー走ってるよ!」 霧で真っ白な窓に張り付いた生徒たちが、歓声じみた叫びをあげる。 事件、か。なんだろう。事故とかじゃこんなに騒がないだろうし…殺人、とか? 「ねえ尚紀。事件って…」 窓に向けていた視線を正して身を乗り出すと、尚紀は通話中だった。 口調からして、相手は尚紀のお母さんだろう。 会話内容は聞かないように務めたけれど、なんか…明るくはなさそうだ。 「……ん。なに、美咲?」 通話をやめた尚紀が顔を向けてくる。表情はどことなく昏い。野次馬丸出しの話題を切り出すには些か憚られる雰囲気だったが、後には引けなかった。 尚紀の隣の空席(坐っていた男子は窓に張り付いている)に移動して、放送のことなんだけど、と言う。尚紀は眉根を寄せ、わたしの耳元に顔を寄せた。 「殺人だって」 「!」 「しかも、第一発見者が姉ちゃん」 「!?」 聞けば、尚紀の姉…小西早紀さんは、体調不良で早退したのだとか。そして帰路で死体を発見してしまったとのことだ。小西母は息子を心配し、早く帰ってきなさいと電話をかけてきたらしい。無茶言うよな、と彼は笑っていた。 「…大丈夫かな。早紀さん」 「大丈夫だろ。姉ちゃん、アレで結構たくましいし」 そう呟く尚紀だけど、顔色が悪い。 …お母さんじゃないけど、心配になってきた。早く帰らせてあげたい。 そんなわたしの心中に反して、先生が戻ってきたのは二十分後。 充分気をつけて帰宅しろと囃す彼から、事件の詳細は一切聞かされなかった。 |