だからなんでわかんないのよ、と叫ぶと、うるせえな今やってんだろ、と叫び返された。叫びの度に殴られた卓袱台が鈍い音をたてる。
見れば、跳ねた湯のみからお茶がこぼれ出ていた。危ない、危ない。

「一次方程式すら間違ってんじゃない。"b"と"d"逆だし」
「うッ……い、今直すっつーの!」

わたしの前でヤケクソになっているのは、巽完二。
お隣の染物屋の一人息子で、同い年。小・中学校ともに同じで、比例して全く同じ授業を受けてきたはずなのに…学力の差とは、どうにもならないものだ。

「こんなんじゃ、八十神高校入れないよ…」

わたしたちが住むのは"八十稲羽"。
広大な土地に自然たっぷりな、所謂田舎と呼ばれる場所である。
つまり、通う学校も多くない。そこそこの偏差値を誇る最寄の公立高校・八十神高校の受験に落ちてしまったら、毎朝五時か六時に起きてバスに乗り、電車に乗り、長い長い通学路を歩まなければならない。
それはさすがに嫌だ。わたしも、こいつも。

「つーか美咲、もう帰れよ。集中できねーだろ」
「わたしが帰ったら遊ぶ気でしょ」
「遊ばねーよ」
「嘘だ。一人で勉強できる奴はbとd間違えたりしないよ」

完二の額に青筋が浮かぶ。
ぷるぷると震えだした彼は何かと戦っているのだろうが、わたしに反論できる口を持っていないのは明らかである。案の定、完二はすぐに気を収め、再びシャーペンを握った。白かったノートに不恰好な数式が並べられていく。

「家、隣なんだから。最悪窓からでも帰れるよ」
「……居座んなら、夕飯まで食ってけよ。お袋のやつ、絶対大量に作ってるから」

ボソッと呟やかれた言葉に、今度はわたしが言葉を詰まらせた。
完二のお母さんの料理はすごく美味しい。
美味しいんだけど…量がとてつもなく多い。とんでもなく多い。わたしはそれほど多く食べるほうじゃないのに、張り切って作ってくれるからだ。

「が、…頑張る」
「ああ」
「だから、完ちゃんも頑張ってね」
「おう……って、完ちゃんはやめろって何回言わせんだよ!!」
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