夏祭り二日目。
出店のために両親に容赦なくコキ使われ、解放されたのはその真っ只中。今から友人を呼べる時間でもないし、適当に屋台回って家帰って食べよう。
そう決めた時に、わたしは見た。
恐らくわたしと全く同じ考えであろう、お祭り単独参加者の姿を。

「足立さん、こんばんは」
「!わ…」

背後から突然声をかけられて、彼は相当驚いたようだった。
片手に持っていた焼きモロコシを落とさんばかりの勢いで肩を跳ねさせ、わたしを振り仰ぐ。そして「こんばんは」と返事をしてから、視線を泳がせた。

「……もしかして、わたしのこと忘れてます?」
「まさか、忘れてないよ!春日部さんでしょ。和菓子店の」

下の名前が思い出せなかっただけだよぉと、足立さん。
本当かどうかは分からなかったけれど、とりあえず「美咲です」と名乗っておいた。足立さんは恥ずかしそうに後頭部を撫でながら、頷く。

「美咲さん、ね。君もお祭り一人で回ってるクチなの?」
「はい」
「いくら家近くても、夜だし危ないよ。お友達は?」

ヘタれてもサボり魔でも、さすがは刑事。
わたしを窘めにかかってきた足立さんに、店の手伝いが先ほど終わったことを説明した。夜も遅いから、今更友人を呼び出すのも憚られると。
ひとしきりわたしが話し終えると、足立さんはへらへら笑いながらこう言った。

「美咲さん、友達少なそうだもんね」

わたしの口が止まり、表情が凍る。
否定はしない。できない。けれどここまでド直球に言われるのは初めてだったので、反応に困ってしまったのだ(というか、頭の中が真っ白になった)。
そんなわたしの対応に、なんの他意もなかったらしい足立さんが慌てだす。

「あ、いや…ごめん!別にそういう意味じゃ…」
「…いいえ。事実ですから」

普段から客商売してるだけあって、笑うのには自信がある。
わたしは足立さんに負けないくらいのヘラヘラ笑いを貼り付けて、気にしないでくださいと薄っぺらい言葉を添えた。実は結構傷ついてるくせに。

「それより、気になるなぁ。どうしてそう思ったんですか?」
「えぇ? ……良いの、言っちゃって」
「はい」

身を乗り出したわたしに、足立さんが苦笑する。
彼の言葉に興味があった。確かにわたしは友達が少ないし、良好な人間関係とやらを作るのが死ぬほど下手である。だけど面にそれを出しているつもりはなかったし、少なくとも大人の目には『優等生』として映している自信があった。

わたしの深層を見抜いたのは、"刑事"だからなのか。
それとも"足立透"だからなのか。
わたしの攻撃的な期待を受けた足立さんは、躊躇いがちに口を開く。

「君ってさ。誰かを自分の内側に入れるの、すごく嫌いでしょ」

わたしは相槌を打たない。
足立さんはそれを知ってか知らないでか、饒舌に喋り続ける。

「潔癖症っていうの? 自分だけの世界を奇麗に保とうとしてる。他人に入られたくないから、自分から他人の世界に踏み入ろうとしてるんじゃない? そういう人付き合いしてそうだから、高校生のオトモダチってのは少なそうだなって思ってさ」

足立さんはそのまで喋ってから、はっとした。
そして黙り込んでいるわたしを見下ろして、あたふたと慌てだす。

「って、ゴメン!やっぱ失礼だったよね…」
「いいえ」
「でも美咲さん、顔色良くないよ?」
「っ…いいえ!」

全力で首を横に振る。
潔癖症。自分だけの世界。足立さんの声はまるで別の世界の言葉のようにわたしに届いたけれど、それでも確実に"わたしのこと"だった。
握った両手に力が篭る。確かに頭が痛い。だけど、悪い気分じゃなかった。

「気にしないでください。
 …そんなことより、早く行かないと屋台閉まっちゃいますよ」

わたしの声を受けた足立さんは、周囲を見渡した。
人は未だに多いが、先刻に比べたら大分減っている。今日は二日目だし、昨日に比べたら勢いはなかった。足立さんの手元にはトウモロコシしかない。

「あー…じゃあお好み焼きだけ買って帰ろうかな」
「境内の屋台のが一番大きいですよ」
「ほんと? じゃあそこで買おうかな。君にも奢ってあげるよ」

行こっか!と明るく笑う足立さんに唖然とする。

「え。…いいんですか?」
「いいよ。なんか失礼なこと言っちゃったし、お詫びね」

こう言われては逆らえない。
わたしは人ごみを掻き分けて進む足立さんの背中を追い(スーツだから目立っている)、目的地へと歩を進めた。途中に手を繋ぐかと冗談めかしながら聞かれたので、セクハラですよと一蹴しておく。この人の距離感はよく分からない。

「はい。美咲さん」

屋台で二つのお好み焼きを購入した足立さんは、片方をわたしへと差し出してくる。わたしは大人しくビニール袋を受け取って、片手に提げた。

「ありがとうございます、足立さん」
「美咲さんは礼儀正しいねぇ」
「?」
「…悠くんとは大違いだよ。いや、ホントに」

ボソリと呟かれた愚痴っぽい声に、首を捻る。
鳴上先輩とは大違い…? あの人、わたしよりよほど礼儀正しそうなのに。

「そりゃあ君、騙されてるよ。あの子、この前…」

「サキチャーーン!」

足立さんの声を盛大に遮り、クマの絶叫が聞こえた。
わたしは足立さんと顔を見合わせ、笑う。「僕って発言権弱いよねぇ」と自虐的に言われたことで、過日の堂島さんを思い出した。そういえばあの時も声を遮られていた。

振り返ると、人ごみから突き出たクマの手が見える。
花村先輩の怒号も聞こえるから、バイト帰りだろう。昨日交わした会話を思い出し、胸が温まるような感覚を覚える。らしくもないけれど。

「じゃ、僕は帰るよ。お友達と仲良くね」
「……はい。ありがとうございます」

ひらひらと手を振る足立さんに、頭を下げる。
またお店に来てくださいねと言い添えると、小さく頷かれた。足立さんの背中が人ごみに紛れる……と同時に、クマが全力でわたしに抱きついてきた。重い。

「サキチャン、クマのこと待っててくれた? ねえ待っててくれた?」
「待ってなかったかな」
「ガビョーン!」
「でも、会えてよかったぜ。もう帰ったかもって思ってたんだけど」

花村先輩とクマ、二人の顔を見据えながら、破顔する。
友達が少なくたっていい。量より質だ。わたしはこの二人が好きだし(死んでも口には出さないが)、この人たちと過ごしている時間が好きだ。それで充分じゃないか。

「……わたしも、会えてよかったです」

それで充分すぎるくらい、わたしは幸せじゃないか。

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