「ああ、アンタ…この暑いのに、よくやるわね」

次のお客さんは海老原あい先輩だった。
見目はなんとも華やかな美人さんで、学校では素行不良だなんだと専らの噂。けれどあい先輩、実はかなりの和菓子党である。閉店間近の人目が少ない時間を狙ってやってくる彼女は、うちの店の立派な常連さんだ。

「あい先輩こそ。暑くないんですか、それ?」
「暑くないわよ。見た目より薄いから」

わたしが指したのは、彼女が首に巻いているストール。
自分磨きに余念のない彼女は、当然ながら私服もお洒落だった。センスもいいけれど、自分に似合う洋服を心得ている感じだ。うらやましい。

「ふうん…やっぱり安いんだ。これ、利益でんの?」
「十本売れてやっとですかねぇ」

定価を知るあい先輩は、お祭り特別価格なメニューを見てそう呟く。
……ずいぶんと真剣に悩んでくれた。ダイエットでもしてるんですかと興味本位で尋ねて見ると、すかさず凄まじい眼光で睨まれる。これはわたしが悪い。

「じゃ、餡団子を三本で」
「はーい」

注文を受けて、用意しておいて団子を皿に載せる。
あい先輩は料金を台に置くと、ビニールに包まれた団子を指先で掬い上げた。一挙一動が流れるようで、なんとも奇麗である。

「次は十本買ってくださいね」
「ばか。太るでしょ」

そう言い捨てたあい先輩は、わたしに向けて小さく手を振った。
当然、わたしも振り返す。よかった。一条先輩の時のような悲劇は起こらなかった。このまま流れにのることが出来れば…大人しくしていれば、きっと…

「ああっ、サキチャーン!!」

大人しく…していれば……

「なんでなんで? サキチャン、今日もお仕事クマ!?」
「誘いを断ったかと思えば…そういうことか」
「や、花村先輩が誘ったらどの道来なかったんじゃないスか…?」

人ごみを掻き分けやってきたのは、クマに花村先輩に完二。
鳴上先輩がいないを不思議に思ったが、今は知り合いを見つけて外しているのだそうだ。カキ氷にイカ焼き、とうもろこしとフル装備な三人はわたしの立つ屋台の店頭に張り付き、楽しそうに話しかけてくる。

「でも、折角の祭りに店番ってちょっと寂しくないか?」
「そうですね、確かに……ああでも、明日は客として遊びますよ」

辰姫神社のお祭りは二日間ある。
初日は集客を狙ってわたしが店番だが、二日目はお父さんが担当だ。もちろん少しは手伝うけれど、出店を回るくらいの自由はできる。

「はい、はーい!じゃあ、明日はクマとサキチャンのお祭りデートクマ!」
「え…」
「馬鹿。お前は明日バイトだろうが!」

はしゃぐクマを、花村先輩が抑える。
クマは「早く終わらせる」とか「サキチャンと遊びたい」とか叫んでいたが、見事に圧殺されていた。ひどい。完二が呆れながら団子を食っている。

「ありがとう、クマ。気持ちは嬉しいけど…何時から自由なのかわかんないし、遊ぶのはまた今度にしようね」
「オヨヨ…クマの逆ナン計画が…」
「クマ、いい加減ソレ言うのやめろ。天城に殺されんぞ」

ソレとはどれだろうか。
…それに、雪子先輩に殺される? わたしが首を捻ると、花村先輩は慌てて話題を逸らそうとしてくる。また隠し事だろうか。そんなに神経質にならなくていいのに。

少し居心地の悪い思いをしていた、その時だった。

「…………ウッ!!」

突然クマが腹を押さえたかと思うと、不吉な呻きを漏らす。
えっ、と疑問の声が三人重なった。クマは腹を押さえたまま青い顔をして震え始めている。五本目の団子を食べていた完二がクマの顔を覗き込む。

「は、腹がッ…痛いックマ…!」
「あんだけカキ氷食ったら、そら腹も壊すだろうよ」
「"あんだけ"?」
「具体的には、屋台が閉店するくらいだな」

花村先輩の声に絶句する。
閉店するくらいって…それ、あのでかい氷丸ごと食べたってこと!?マジで!それでよくアイスクリーム頭痛起きなかったな…!

「と、とにかくどっか行って!お店の前で苦しまないで!」
「サキチャン、しどい!」
「完二!急いでどっか連れてけ!!」
「お、おう!」

完二がクマの首根っこを掴み、人ごみの中へ姿を消す。
最後に残された花村先輩は苦笑して、わたしへ向き直った。

「……とりあえず、みたらし一本くれ」
「あはは…ありがとうございます…」

八十稲羽、夏祭り。
一日目は様々な不運に襲われましたが、そんなこんなで無事終了いたしました。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -