鳴上先輩は、非常に顔が広い。
同学年の花村先輩や千枝先輩は言うに及ばず、後輩の完二やりせとは日常的に集まる仲であるらしい。先日も尚紀を励ましてくれたそうだし、河原で喪服のおばあさんと歓談してたなんて噂もある。先輩が稲羽に来たのは今年の春だが、もしかしたら地元民のわたしよりもずっとずっと知り合い多いんじゃないのかな。

「でも…これは、さすがに聞かせて。何処で知り合うんですか、こんな娘?」
「車の中」
「車の中ぁ!?」

サラリと答えた鳴上先輩に驚愕する。
車の中って何。バスの中じゃなくて?電車の中じゃなくて?車?

「……ねえ、何この人。なんで驚いてんの?」
「さあ」
「一人だけ常識人ぶらないでくれます!?」

鳴上先輩の同行者である帽子の女の子が、わたしを心底理解できない物体を見る目で見つめ、淡々と毒を吐く。わたしは完璧に他人のフリを決行しようとした鳴上先輩に詰め寄り、全力で抗議した。目を逸らすな、こっち向けばか!

「ねえ、やめなよ。そいつ、今私と出かけてるんだからさ」
「なっ…!?」
「マリー、誤解を生む言い方は控えてくれないかな」

マリーと呼ばれた女の子は、鳴上先輩の台詞に首を傾げた。
先ほどのロマンス溢れる言い回しは、どうやら無意識だったらしい。なんだこの子。超絶かわいい上に天然さんなのか。どんなチートスペックですか。

「このフワフワも、あんたの友達なの?」
「そうだよ。名前は美咲」
「先輩、まずは"フワフワ"呼ばわりにツッコんでくれません?」

確かに髪型とかそんな感じだけど。
だからって初対面の女の子(しかも多分年下)にその呼ばれ方はちょっと無いんじゃないのかな。と小声で物申せば、鳴上先輩は実に愉快そうに笑った。

「大丈夫だよ。里中は"緑の人"、天城は"赤の人"だから」
「……」
「完二に至っては"オッサン"だ」
「的確かつ分かりやすい呼び名ですね!」

爆笑しながらそう答えると、マリーちゃんは首を捻った。
彼女は悪意なく呼んでいたあだ名だったらしい。笑われるのが心外なようで、不機嫌そうに「笑わないでくれる」と唇を尖らせていた。なんか分かりやすいぞ、この子。

「ええと、マリー…ちゃん?」
「何」
「このへんの人じゃないよね。何処から来たの?」
「ん。あそこ」

マリーちゃんが指差したのは、商店街の一角。
だいだら.のすぐ横にある壁…に見えるけれど。あそこって、どこだろう。詳しい場所を聞こうとマリーちゃんに向き直ったが、ムダだった。
鳴上先輩が彼女を離れた場所に連れ出し、何か言い聞かせていたからだ。

「……………」
「……? …………」

会話はまったく聞こえてこない。
取り残されたわたしが途方に暮れ始めたとき、二人は戻ってきた。
マリーちゃんは無表情だが、鳴上さんは変な汗をかいているように見える。

「向こうに住んでた時の友達なんだ」
「へ、へぇー…」

さっきのやり取りがなかったら信じたかもしれませんね、とは言えない。
隠ぺい工作が成されたのは明白である。…けれど、わたしは別に先輩の秘密を暴いて遊びたいわけじゃない。商店街で見かけたから声をかけただけだ。

「美咲。今日、お店開いてる?」
「? はい」
「今から行っても大丈夫かな」

穏やかに尋ねる鳴上先輩と、黙り込んでいるマリーちゃん。
わたしは大きく頷いて、マリーちゃんの小さな手を取った。彼女はギョッとした様子だが、振り払おうとはしてこない。僅かに赤くなったマリーちゃんの顔を窺いながら、自宅へ向けて引っ張った。
途中に、鳴上先輩がグッと親指を見せてきたから、多分これでいいんだと思う。

「マリーちゃん、美味しい?」
「うん。ふわふわしてて、すっごい甘い。美味しい」
「よかった!」
「フワフワは毎日こんなふわふわ食べてるの?だからフワフワなの?」
「え? あ、あの……えっ?」
「ごめん。俺に助けを求められても困る」


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マリーのキャラ分からん。美咲は対鳴上の場合のみツッコミです
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