本日の商店街はひどい有様である。
豆腐店を中心に人・人・人。普段は疎らな車もざんざか通り、商店街のど真ん中で停止する始末。こう言っちゃ悪いけれど、商売にならない。

「久慈川りせが戻ってきてるんだってさ」

絶賛暇を満喫中のわたしに、餡蜜をつつきながら尚紀が言う。
早紀さんが死んでから色々大変な目に遭っている彼だが、最近は吹っ切れたように明るくなった(それとなく聴くと、鳴上先輩のおかげらしい)(あの人顔広すぎだろう)。
今ではこうして我が家に寄り、甘味を楽しむ余裕もできたらしい。よかった。

「久慈川りせって、アレでしょ。『ムリ!キライ!シンドスギ!』」
「あ、ちょっと声似てるかも」
「マジでか」

適当すぎる返事と同時に、グラスに入った緑茶を啜る。
六月下旬となれば、夏服でいても充分暑い。
店内だからエアコンは作動させているけれど、扉は開けっ放しだ。日差しも燦々入ってくるし、涼しいとは言いがたい。額に汗が滲む。ああもう、なんていうか。

「「やってらんないよ、もう」」

………うん?
呟いた愚痴が奇麗に重なり、驚く。尚紀に顔を向けると首を振られた。
店内にはわたしたち以外誰もいなかった…となると。新しいお客さん…?

「うわ、やばっ。い、いらっしゃいませ!」
「なんだ、店員さんだったんだ。ごめんねー邪魔しちゃった?」

へらへらと笑いながら頭を掻くのは若い男の人だった。
見覚えがある人だ。確か刑事さん…だったような。久慈川りせ騒動で警察も駆り出されてるみたいだし、職務の合間に寄りましたって感じだ。

「いいえ。お好きな席にどうぞ」

尚紀の向かいの席から立ち上がり、着席した刑事さん(仮)にメニューを渡す。
お冷を用意してテーブルに置くと、餡蜜を食べ終えたらしい尚紀が立ち上がるところだった。彼は床に放置していた通学鞄を拾い上げ、肩にかける。

「じゃあ美咲、俺もう帰るから」
「はいよー」
「料金はツケで……って、うそうそ。ここ置いとくから」

楽しそうに笑いながら、尚紀が退室する。
…あいつのああいう顔は久々に見た気がする。最近は世間体とか振る舞いとか、すごく辛そうだったから。プライドの高い尚紀はわたしや完二には決して相談してくれなかったし、そう考えると『転入生の先輩』は適任だったのかもしれない。
……今度、鳴上先輩にお礼言っておこう。

「今の子、小西尚紀くんだよね」

背中からかけられた声に、振り返る。
店内にいるのはわたしと彼だけだ。相変わらずへらへら笑う刑事さんは空っぽのグラスを振りながら、注文いいかなぁと間延びした声を投げてきた。

「塩大福一個と、みたらし団子一本。あとお水お代わりね」
「はい。承りました」
「……小西くん、楽しそうだったねぇ。良かった良かった」

イヤミなく、心底しみじみした声音だった。
不思議に思って首を傾げると、刑事さんは取り繕うように自己紹介を始める。

「いや、実は僕刑事でね。彼とは何度か話したことあるんだよ」
「あー…なるほど、そういうことですか」

尚紀は"遺族"なワケだし、そういうこともあるだろう。
わたしはあっさり納得して、厨房へ向けて注文を伝えた。お父さんの返事を確認して、目の前の刑事さんとの雑談に興じることにする。

「わたしは同級生なんです。家も近いし、腐れ縁ってやつですね」
「腐れ縁って、ヒドイなあ。仲良しに見えたけど」

刑事さんの軽口に、どう返したものかと悩んだ。
仲良し…かぁ。別に否定するほどでもないけど、肯定するのもちょっと。

「…あっ、そうだ。まだ名乗ってなかったよね。僕は、」

「足立ィ!こんなところにいやがったのか!!」

刑事さんの言葉を華麗に遮って、逆光と共に堂島遼太郎さんが登場した。
刑事さん…足立さん、はウゲッと喉の奥で嫌な声を出し、退く。烈火の如く怒れる堂島さんはツカツカと彼に歩み寄り、胸倉を掴もうとして……やめた。

「…すまん。店の中ですることじゃなかったな」
「はい。やめてください」

わたしの顔を見るなりばつの悪そうな顔に変わった堂島さん。
ちょうど足立さんの注文した品が用意できたので、厨房へ取りに行った。大福と団子を回収し、席に戻ると、足立さんの向かいに堂島さんが坐っている。
わたしは水の入ったグラスをもう一つ、テーブルの上へと置いた。

「この前は菜々子と悠が世話んなったな」
「? この前…ああ、アレですか」
「普段甘いのは食わないんだが、なかなか旨かったぞ」

堂島さんの声を拾った足立さんが、なんの話ですかと首を捻る。
上司を目の前にしても堂々と塩大福を頬張る彼はさすがだと思う……みたらし団子のほうは、堂島さんに奪われていたが。

「苺大福の話です」
「バッ…春日部!!」
「え、堂島さんが苺大福? アハハ、似合わないっすねぇ!」
「笑ってんじゃねえぞ、足立!」
「あ痛ッ!」

テーブルの下で蹴られたらしく、足立さんが身悶えている。
まるで漫才だ。わたしは我慢せずにけらけら笑い、尚紀の座っていたテーブルを片付ける。背後から聞こえる二人のやり取りは言っちゃ悪いが刑事のものとはとても思えなくて、好感が抱けた。さすが菜々子のお父さん!…と、その相棒だ。

「ちょ、春日部さん? なんか僕に対して失礼なこと考えてない?」
「考えてないですよォ」
「うっわ、棒読み!」
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