八十神高校、六月の通例行事『林間学校』。
若者の郷土愛を育てるべく、近所の山にテントを張って一泊二日するというなんともイヤ〜な行事である。行きたくないとボソボソうるさい尚紀を引っ張って山登りし、初夏の日差しにうんざりしながらゴミ拾いを数時間。そして現在。

「キャアアアアアア!!」

大方の生徒が夕食を終え、人気は疎らになっている。
わたしは食器を返して帰り道だったのだけれど…上記の悲鳴を聞いたら、足も止まる。知り合いの悲鳴だったのだから尚更だ。

「どーしたんですか雪子せんぱ…っきゃああああああ!?」

慌てて駆け寄った里中千枝・天城雪子両先輩の背中。
彼女たちに並んだその瞬間、わたしは見てしまったのだ。机に顔面から突っ伏し、ピクリとも動かない花村陽介の姿を。その恐ろしくも哀れな…散り様を……

「勝手に殺すなァ!生きてるわ!」
「いやーん蘇ったぁ!ゾンビだあ!」
「棒読みすぎだろ!?」

飛び起きた花村先輩は、スプーンを握った手でテーブルを叩く。
反動で飛び上がった大きな皿にはカレーが盛られている…んだけど。なんなのアレ。変な臭いがするんだけど。ていうかなんか、湯気が紫色なんですけど。

「千枝先輩。なんですかアレ」
「か……カレー?」
「わたしに聞かれても困りますねぇ」
「美咲、近寄るなよ。あれはカレーじゃねえ…"物体]"だ!」

ビシィ!と皿を指差して叫ぶ花村先輩。
同じくカレー皿を前にした鳴上先輩は青い顔で黙り込んだままだが、女子ふたりの反論は凄まじかった。あのカレー(仮)は彼女たちが作ったらしい。

「グチャグチャの上にドロドロしててブヨブヨんとこもあったかと思えば、噛めねー何かも入ってんだよ!気持ち悪すぎて飲み込めないわ!」
「な…なによ!つーか、それはアンタの感想でしょぉ!?」

花村先輩の痛烈な批判に逆ギレし、千枝先輩が鳴上先輩を睨む。
蛇に睨まれた蛙。
わたしは唐突にそんな諺を思い出して、せめてもの情けをかけてやることにした。鳴上先輩の前に放置されていたスプーンをとり、カレーに突き刺す。
……おおぅ。なんたる不思議な感触。ドブを浚っているようだ。

「はい、先輩。あーん」
「!?」
「ちょっ…美咲ちゃん…!?」

満面の笑顔でスプーンを突き出すと、鳴上先輩の顔色が更に悪くなった。
どうせわたしが危険地帯ばかりを掬い取ったとでも思っているんだろう。けれど、わたしだってそこまで鬼じゃない。安全地帯を吟味したつもりである。

「(早く食べてくださいよ。多分大丈夫です、たぶん)」
「("たぶん"多すぎだろ!)」

外野の声(花村先輩うるさい)を無視し、ひそひそと会話を交わす。
けれど時間はなかった。里中先輩と天城先輩、二人は食い入るような目で彼を見つめている。鳴上先輩は生唾を飲み込み、大人しく口を開いた。

躊躇無く、スプーンを突っ込む。
鳴上先輩がカレー(仮)を口に入れ、咀嚼する。
拒絶反応に従い、思い切り噴き出す。
わたしの顔面が大惨事。

「ギャアアアアア!!」
「鳴上くん!美咲ちゃあああん!」
「だから!言わんこっちゃねえ!天城、早くリカーム!」
「う、うん!えっと、えっと……ああっ!扇、持ってきてない!」

数々の悲鳴を聞きながら、わたしは意識を手放した。
わたしも料理は下手だけど…こんな毒物は…さすが、に………


*


「―――っ!!」
「……あ、おはようございます。起きたんですね」

ひどい悪夢を見た気がする。
全身に汗をかいているのを感じながら体を起こすと、至近距離から誰かの声が聞こえた。声の主を捜すと、恥ずかしそうにはにかむクラスメートの姿を見つけた。

「え…松永さん? あれ、わたし…?」
「今は、多分夜の七時くらいですね。春日部さん、貧血で倒れちゃったんですよ。小西くんからお薬預かってるので、これ飲んでください」

わたしたちのテントは本来三人だが、残りの一人は"病欠"である。
結果、小柄な松永さんとわたしの二人だけ。小さなテントだけれど窮屈ではないから、渡された薬を受け取って荷物をあさってとモタついても問題なかった。

……ていうか、貧血?わたしが?…そうだっけ?

「なんか…すごく恐ろしい夢を見た気がするの。全長八メートルのナマコに圧し掛かられて、顔面に毒霧を噴射されて息絶える夢を見た気が…ウウッ!」

激しい頭痛を感じて蹲る。
松永綾音さんは慌ててわたしの背中を擦り、大丈夫ですよとなだめてくれた。

「大丈夫ですから、全部忘れて眠りましょうね」

そう呟いた彼女の目が、ひどく虚ろであったことを覚えている。


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花村が美咲(と鳴上)を抱えて救護テント→尚紀が綾音を呼ぶ→綾音が美咲の顔を洗ってあげる→尚紀と花村が美咲をテントに放り込む の流れ。大惨事
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