鳴上悠の座右の銘は『有言実行』である。
…いや、実際にそうかは知らないけれど。わたしがそう思ったってだけで。

「いらっしゃいませ、鳴上先輩!」
「元気だね」
「勿論です。菜々子ちゃんも、いらっしゃいっ」
「うん!」

折角の日曜日だけど、わたしは今日も今日とて店番です。
普段はやらなくていいはずなのに、くそぅ母さんめ。何が学生時代の友達と日帰り温泉(はぁと)だ。温泉なら雪子先輩のお宅にもあるだろうに…ッ!

けれどまあ、いいだろう。
こうして鳴上先輩が菜々子ちゃんと一緒に来てくれたんだから。
二人とも私服姿で、しっかりと手を握り合っている。どうみても"兄妹"だ。

「菜々子ちゃんは、今日も"アレ"?」
「うん。水ようかん!」

満面の笑みで言う菜々子ちゃん。
彼女に癒されたわたしの周囲には、ふわふわと花が舞った。か、かわいい…!いいなぁ、鳴上先輩。わたしも菜々子ちゃんみたいな妹が欲しい…!

「鳴上先輩は何にします?」
「そうだな。…じゃあコレと、コレ。全部三個ずつ」

先輩が選んだのは塩大福と芋羊羹。
菜々子の味覚が渋いのは重々承知していたが、先輩も渋いんですね。とは口に出せず、わたしは注文の品を箱に詰めた。
ついでにわたしの厚意として、苺大福と餡団子を三つ、オマケしておく。

「わぁ、いちご!」
「こんなにたくさん…いいのか?春日部」

驚き半分、申し訳なさ半分でわたしを見下ろす鳴上先輩。
勿論構わない。わたしは全力で微笑んで、美味しく食べてくださいね、と軽口を叩いた。堂島家の舌事情は知らないけど、うちは菓子店だ。甘いのが売りである。
たまには度直球の甘味も楽しんでってくださいね、というわけで。

「今度から、食べられるように店内も開放するんですよ」

先日工事を終えたばかりの店内へ視線を向ける。
テーブルに椅子。数は多くないけれど、数人が坐って和菓子を楽しめるようにと改築したのだ。これから暑くなることだし、集客効果も期待して。

「それで、餡蜜とか始めるんですけど…味見、お願いできます?」
「あんみつ!菜々子、あんみつ大好き!」

ねえねえ食べようよおにいちゃん、と菜々子ちゃんが言う。
鳴上先輩はわたしに遠慮している様子だったけれど、彼女の押しに見事敗北した。じゃあお邪魔しますと頭を下げて、店の中へと入ってくる。
わたしは客がいないのを確認して、彼らのために真新しい椅子を引いた。

「飲み物はどうします?」
「ええと…じゃあ、俺は緑茶で」
「菜々子はほうじ茶がいい!」

渋すぎるよ、菜々子ちゃん。そんな貴方が大好きよ。
キュンと胸を射抜かれ、密かに身悶えるわたしを鳴上先輩が不思議そうに見上げている。あ、なんか気まずい雰囲気。やばい…やばいのか、これは…?

「春日部ってさ」
「はい」
「なんか…おもしろいね」
「ッ!」

面白い。
彼の台詞に、他意がまったく無いのは分かっている。分かっているけど、なんだか傷ついたのも事実だった。…でも傷ついた、というよりは。

「鳴上先輩に言われたくないです」
「!」
「ねえ、菜々子ちゃん? お兄ちゃん、面白いよねぇ?」
「うん!お兄ちゃん、おもしろいよ!」
「ッ!!」

密かに仕返ししてみた。
多大なショックを受けたらしい鳴上先輩はぷるぷると震え、傷ついた顔で固まっている。ちょっと悪いことしちゃったかな。でもコレは先輩が悪いよね。
お兄ちゃんどうしたの、と心配する菜々子ちゃんの声に背を向けて厨房に戻る。
調理担当のお父さんはわたしたちの会話を聞いていたらしく、餡蜜を作らんと手を動かしているところだった。菜々子ちゃんのぶんにはアイス乗っけておこう。

「お待たせしました〜」
「わぁ、アイス乗っかってるー!おいしそー!」
「鳴上先輩も乗っけますか、アイス?」
「ううん。俺はこのままがいい」

アイス入りのケース片手に聞いたが、辞退された。
この様子だとクリーム餡蜜は邪道派なのかもしれない。わたしもだ。餡蜜の甘さは黒蜜と小豆餡だけで補うべきと言い張って仕方ない派である。

「これ、美咲お姉ちゃんが作ったの?」

唇の端にクリームをつけた菜々子ちゃんが無邪気に尋ねてくる。
盆を抱えて笑っていた美咲お姉ちゃんは即座に凍りついた。菜々子ちゃんの期待と尊敬に満ちた、キラッキラした目がとてつもなく痛い。

「い、いやあの…おねえちゃんは作ってない、かなー?」
「そうなの?」
「ああ、料理できないんだな」
「先輩!!」

ちょっとは婉曲な言い方をしてくださいと怒ると、先輩は楽しそうに笑った。
この人の笑顔は反則だ。二の句を封じられたわたしは息を飲み、放置してしまっていた店頭へ向けて踵を返した。
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