完二の体調不良はなかなかに深刻らしく、学校に行けるのは当分先らしい。
ただでさえアホなのにあの野郎、とぶつぶつ思わないでもないけれど、まあいい。小言は散々おばさんに言われてるだろうし、寛容になってやろうではないか。

「こんにちは。春日部美咲さん」

放課後の時間を店番に使っていると、見知らぬお客さんに声をかけられた。
フルネームで呼ばれる機会はそうそう無い。無表情で佇む彼(たぶん)のまとう不思議な空気もあってか、なんとなく反応に困ってしまった。

「ええと…?」
「今、お時間よろしいですか。勿論お菓子もいただきますから」

淡々と有無を言わせぬ語調で笑い、彼は数個の菓子を注文してくる。
わたしはガラスケースから指定のものを取り出し、包装し、値段を告げ。周囲に客らしい客がいないのを確認してから、「いいですよ」と答えた。

「ありがとうございます」

無表情だった帽子の彼が、少しだけ表情を緩める。
笑ったらしい。……ていうか、笑うとなんか…かわいい。てっきり声や服装で男だと思っていたけれど、この表情って女の子のものじゃなかろうか。

「僕は白鐘直斗です。よろしくお願いします」
「あ、はい。どうもです」

……直斗、か。じゃあやっぱり男かな。僕って言ってるし。

「お隣の染物屋の息子さん、巽完二さんのことですが」
「? はあ」
「なんでも過日、行方をくらましていたとか」

意図の読めない質問に疑問を抱いた。
まるで取り調べだ。早紀さんも警察からこんな風に聞かれたのかな、と一ヶ月前に逝ってしまった幼馴染を思い出す。良い気分ではなかった。

「白鐘さん」

完二さんが以前にも、行方をくらましたことはありましたか。
そんな失礼極まりない質問を喋っていた彼の口を、わたしが遮る。
白鐘さんは唇を結び、訝しげにわたしを見た。…うん、やっぱり刑事みたいだ。早紀さんが死んだ後に来た警察の人は、こんな顔をしていた。

「完二は何も、後ろ暗いことしてませんよ」
「……ええ。知ってます」
「じゃあ、失礼な質問はやめてください」

牽制の意をこめて全力で笑ってみせる。
白鐘さんの気分は見事に害されたらしく、ちょっとだけ眉根を寄せ(これまた子どもっぽい表情だった)、即座に無表情へと取り繕った。
感情の制御が得意な人のようだ。ピーキーなわたしとは正反対。

「完二が一晩帰らなかったことは、わたしの知る限りではありません。失踪していた間、何処にいたかも知りません。本人も、喋る気はないみたいです」

失礼だの不快だのと言いながら、きっちり質問には答える。
白鐘さんは感情の読めない目でわたしを見つめ、言葉が切れるのを待った。
そしてわたしが喋り終わった後、「わかりました」と溜息交じりに答えて、財布から料金ぴったりの千円札を取り出し、カウンターに置いた。

「お仕事の邪魔をしてすみませんでした」
「お気になさらず。白鐘さんもお仕事なんでしょう?」

菓子の入った箱を差し出すと、白鐘さんは微笑して頷いた。

「ええ、まあ。そんな感じです」
「大変ですねぇ。わたしと同い年か…ちょっと下くらいでしょう」
「同い年です。けれど、大変ではありませんよ」

世間話に近いこの会話。
さっきまでの殺伐とした(というと大げさだけど)質問とは打って変わって、白鐘さんの空気は柔らかだった。この状態の彼とは楽しく話が出来そうだ。

「探偵を務めるのは、"白鐘"の役目ですから」

探偵、とはまた。
以前『殺人』をテレビや小説の中だけじゃないと思い知ったわたしだったが、あの時とまったく同じ感想を今この瞬間に抱いた。探偵!リアル探偵!マジか!

「か、カッコイイ…!」
「えっ?」

呆然と呟いたわたしに反し、白鐘さんは目を見張った。
明らかにキョトンとされている。一瞬で我に帰ったわたしはぶんぶんと首を振り、営業モードの笑みを全力で顔面に貼り付けた。危ない、危ない。

「あ、いやっなんでもないの。ごめんね」
「はあ…構いませんけど」
「お仕事頑張ってね。応援してるから」
「?」

カウンターに放置されていた箱を受け取った白鐘さんは、それじゃあ僕はこれで、と軽く会釈した。その際に彼の被っていた帽子が少しだけズレる。
庇(ひさし)でよく見えなかった目元が、夕闇の中で露わになった。

「(………あれ?)」

長い睫毛を見ながら、遠ざかっていく背中を見つめながら、ふと思う。
………なんか、変じゃなかったか。今の。
直斗って名前で、喋り方で、一人称で、わたしは"彼"を男と思ったけれど。
でも…ううん。あの顔と表情は、やっぱり…

「美咲、アンタ何ボーッとしてんのっ?」
「ひっ!ご、ごめんなさいっ!」

眼前の客にも気付かず考え込んでいたわたしを、母が叱咤した。
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