ルカの頬には、綺麗な紅葉が咲いている。
「…ぶふっ」
「スパーダ、もう笑わないでよ」
「ふふ…」
「カグヤまでっ!」
ルカが傷ついた声を出すが、笑いは収まらなかった。

"リカルド先生"の計らいで戦場を抜けて、半日が経った。
ルカをひっぱたいたイリアも流石に機嫌は直っているようだが、時折非常に悔しそうな顔をする。チトセの行動が、相当効いているらしい。

「それにしても。サクヤ、現世では随分大胆なんだね」
「前世とは大違いだよな。って、オレらも他人のこと言えねーけどよ」
「…二人とも、どうして僕を見るのさ」

スパーダと揃ってルカを振り返ると、彼は悲しげな顔でうつむいてしまった。
…だけど、なんでだろう。不思議と謝る気になれない。

「なるほど…二人が執拗にルカをイジる理由、わかったかも」
「お、マジで?楽しいだろ」
「うん!」
「何この会話、ひどい…ひどすぎるよぉ…!」

ルカが戦闘不能になりかけた時、前方からイリアの声が投げられた。
ナーオスの街が見えてきたというのだ。
私はスパーダと一緒にルカの肩を叩き、足早に駆け出した。


*


「ここがナーオスね。いいとこじゃん!」
街に一歩踏み入れた途端、空気が清廉に変わったのがわかった。
えーと…確か中央に大聖堂がある、教会がメインな街、だった気がするな。

「カグヤは、ナーオスに来たことあるの?」
「港を使っただけ。ゆっくり観光とかはしなかったなぁ」

なにせ、私が捕まったのはこの街なのだ。
幸い人気のない場所だったから、住民には気付かれなかっただろうけど。

「んでイリア。この街のどこに異能者がいんだ?」
「知らない」
「そっか知らねえか………は?」

スパーダがぽかんと口を開ける。対して、イリアの顔は真剣そのものだ。

「噂で聞いたの。ナーオスには傷を奇跡で癒す聖女がいるって」
「う、噂だぁ!?」
「そんな曖昧な情報でここまで来たの…?」

目を剥くルカやスパーダに、イリアが不服そうな顔で食ってかかる。
…まだ街の入り口なのに、そりゃあもう盛大に人目を引きながら。

「まあまあ、いいじゃない。とにかくその聖女を捜してみよう?」
「…どうやって?」
「常套手段としては、聞き込みかな」

仲裁した私に、三人から各々の感情が篭った目が向けられる。
が、"聞き込みで聖女を捜す"という案に異議はでなかった。

四人で固まって、街の人に片っ端から声をかけていくものの…結果は凶だった。
噂の聖女様を知りませんか。
そう声をかければ、人々は沈痛な顔をし、口を固く閉ざしてしまう。

「…さすがに疲れたな」
「そうだねぇ。そろそろ宿取って、明日に回してみる?」

宿の前で途方に暮れている私たち。
老人特有の落ち着いた声がかけられたのは、その時だった。

「失礼ですが…お坊ちゃまではありませんか?」

全員揃って振り返る。
そこには一人の初老の男が立っていた。身なりが綺麗で、気品がある。
……お坊ちゃま?
半ば反射的にルカを見る。が、彼もまたきょとんとしていた。
…と、なると。

「は、ハルトマンっ!?」
「左様でございます!ベルフォルマ家に御仕えさせていただいた、ハルトマンめでございます。ご記憶に留めいただき、光栄の極みでございますなぁ」

仰け反ったスパーダに、心底嬉しそうな笑みを浮かべる老人。
私たちは顔を見合わせた。状況が飲み込めない。

「あんた、ボンボンなの!?」
「なんと。どちらの田舎者が存じませんが、ベルフォルマの名を知らぬとはなんと嘆かわしい!」

驚愕するイリアを糾すように語り始めるハルトマン。
聞けば、スパーダの家…ベルフォルマ家は、騎士を何人も輩出している由緒正しい家系らしい。同じくボンボンなルカは、納得したように頷いていた。

「スパーダ様。使用人を置くにしても、素性のキチンとした方を選ぶべきです」
「なんですってぇ!?あたし、こう見えても村長の娘なんだから!」
「ほう?それでは使用人にちょうど良いかもしれませんな」
「んぎぃい、ムカツク!!」

地団駄を踏むイリア。その怒りようといったら、血圧を案じてしまうほどだ。
一方、ハルトマンは涼しい顔で彼女をあしらっている。
飼い主をバカにされ、コーダまでもが怒って参戦してしまう有様だ。
私はそっとルカの隣へ移動し、飛び火しないよう祈り始める。

「ハルトマン!無礼をするな、私の連れだ!」

一息吸ったスパーダが、別人のように凛とした声で叱責する。
ハルトマンは雷に打たれたように姿勢を正し、腰を折って頭を下げた。

「私達は長旅で疲れている。安宿で構わん、案内しろ」
「ならば、じいの家でよろしゅうございますか。あばら家ではございますが」
「いいだろう」

あんなに騒いでいたイリアが愕然としている。
それほどに、スパーダの変貌は凄かった。背中がむずむずしてくる。

「つーワケだ。ハルトマンの家は、街の奥だってよ」
「「……」」
「…おい。なぁに黙ってんだ、お前ら」

どこか楽しげに去っていったハルトマンを見送り、スパーダが振り返ってくる。
……でも、なんて言えばいいか分からないわたしたちは、沈黙する他にない。
初めに口を開いたのはルカだった。笑っている。

「お坊ちゃま、かぁ。ふふ。……痛っ!」
「うっせーぞ、ルカお坊ちゃま!オラ、さっさと行くぞ」

照れたのか、拗ねたのか。スパーダはルカの頭に拳を落とす。
その後ずんずんと先を行ってしまったスパーダに、堪えきれず吹きだした。

「ふ、ふふ。あはは、あははははは!」
「ひひひひ…おぼ、お坊ちゃまだってぇ!おっかしーい!」
「ふ、二人とも。笑ったらかわいそうだよ…ふふふ」
「似合わないんだな、しかし。コーダも笑ってやるぞ、しかし」

顔を真っ赤にしたスパーダが戻ってきて全員を叩くまで、私たちは疲労も忘れて笑っていた。拳骨の落とされた頭は痛むけど、まんざらでもない。
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