間髪入れずに拳を振り上げたイリアを、アンジュが取り押さえた。 大したものだ。 みんな呆然としているのに、イリアだけは行動が早い。 「殺せっつっても、別に首を刎ねてくれっていうんじゃないよ?」 努めて明るく笑いながら、愕然とする仲間たちに向き直る。 ハスタの時。ガードルの時。チトセの時。 どうもコンウェイは魂を取り出して、自在に行き先を決めることができるらしい。 …まあ、そんな術が彼になくても、コンウェイに頼むつもりだったけど。 「…理由を、聞いてもいい?カグヤ」 「もちろんよ、アンジュ」 イリアをキュキュと共に取り押さえながら、アンジュが尋ねてくる。 彼女は泣きそうに顔を歪めていたけれど、止めようとはしなかった。 …アンジュは本当に優しい。私が泣きそうだ。 「簡単に言うとね。私の役目はもう終わった…ってだけ」 「役目…?」 「そう。天地融合とアスラの絶望の解放、そして未来の確立を見届けた」 黎明の塔からの眺めは最高だった。 完璧にひとつになった世界を見下ろして、自嘲気味に笑う。 「…っていう、奇麗事。本音はもっと汚い」 「…」 「私…アスラやヴリトラと、同じ場所に行きたい。ちゃんと死んで、ちゃんと転生して…それからまた、『人間』の君たちと同じ場所に立ちたい」 現に転生者ではない私は、未だに天術が使える。 それは良くないことだと思うし…何よりも、私自身が嫌だ。 「…アンタってさ。自己中よね、ほんと」 「うん。知ってる」 「なんでもかんでも自分で決めて…サイテーよ」 「…それも知ってる」 「そんな風に言われたら…ふざけんな、って言えないじゃない…!」 アンジュの腕に縋りついたまま、イリアがぼろぼろと涙を零す。 …あーあ。泣かしてしまった。 こうなるのがイヤだから、こっそりコンウェイだけに言おうと思ってたのに。 「もし、そうしてたら。僕は君を許さないよ、カグヤ」 「ルカ…」 「僕は…君をお姉さんみたいに思ってたんだ。強くて優しくて、憧れだった」 ルカはまっすぐに私を見つめている。 彼は言葉尻を切って、しばし俯き…右手で乱暴に目元を拭った。 「また、会えるよね。どこかで…」 私が肯くと、ルカは唇を噛んで後ろに下がった。 彼と入れ替わるようにして、苦い顔をしたスパーダが歩み出る。 「正直。あんま認めたくねーけどさ」 「…」 「言っても聞かねーって分かってっから。仕方ねぇ」 スパーダは私の顔…の横にある髪飾りに目を向けた。 マムートの街で彼に買って貰ったものだ。 スパーダは自身のキャスケット帽を目深に被りなおし、顔を背けた。 「また、なんか奢ってやる。だから、またダチになろうぜ」 「…はは。楽しみにしてるよ」 「ウチは、今度こそカグヤ姉ちゃんに奢ってもらうで!」 スパーダを押しのけるようにエルマーナが飛びついてくる。 見上げてくる彼女は、太陽のような笑みを浮かべていた。 「ウチ、泣かんで。お別れってワケやないもんな」 「…」 「また会おうな。そしたら…次はウチが、お姉ちゃんやからな」 最後まで明るく笑いながら、エルマーナがアンジュと入れ替わった。 アンジュは少し拗ねたような顔で私を見据えている。 「何を決めても軽蔑しないって約束したけど…ちょっと怒ってるわ」 「うん。顔見れば分かる」 「もう!次会ったら、なっが〜い教えを聞いてもらうから。覚悟なさい」 「…それは嫌だ」 私が目を背けると同時に、アンジュは足早に引っ込んでしまった。 苦笑したリカルドが、背中に隠れた雇い主を窺い見る。 「まあ、そう言わずに付き合ってやれ。三日ほどな」 「死ぬわ」 「その後は、俺がメシでも奢ってやろう。だから少しはガキらしいガキになれ」 大きな手のひらが、私の頭を圧迫する。 頭を撫でているらしいが、少々乱暴だ。前髪があったらさぞ邪魔だったことだろう。 …そう考えると、マティウスにぶった切られてよかったのかもな。 「カグヤ。ありがと。キュキュ、カグヤ 大好き!」 「…私もよ、キュキュ。ありがとう」 「はい!…えーと…」 大きく頷いたキュキュが、黙っていたコンウェイに目を向ける。 どうやら上手く言葉が出なかったらしい。 彼に通訳してもらうために、流暢な異国語で語り始めた。 キュキュが声を切った後、コンウェイが小さく頷く。 「君はボクらが思っていたよりも、ずっと人間らしい人だった。だからそんな君が、幸せな来世を送れることを、ボクたちは願っているよ」 「願ってる!」 「そのための手伝いなら…ボクは幾らでもする。安心して」 穏やかに微笑んだコンウェイが、私に向けて両手を翳す。 準備は万端らしい。 私は立ち並ぶ仲間たちの顔を順番に見た後、コンウェイに向けて頷いた。 「心配なんかしてないよ。…ごめんね」 コンウェイの声に呼応し、私の全身が光を放つ。 見れば、指先や髪の毛先など、体の末端から順に粒子化していた。 この勢いでは、数秒経たずに全身が消えてしまうだろう。 「っ…カグヤ姉ちゃん!」 不安定になった体に、再びエルマーナが抱きついてきた。 大きな両目からは大粒の涙が溢れている。 私は彼女の頭をゆっくりと撫で、困ったような声を出した。 「泣かないって約束したでしょ。エル」 「おおきに!姉ちゃん…ずっとずっと、ありがとう!」 彼女の声に応じたのだろうか。 アンジュとイリアが次々に抱きついてきて、声をあげて泣き始めた。 …もう、さ。やめて欲しいよね。こういうの。 「…泣かないでよ、みんな。お別れじゃないってば」 「あんただって泣いてるじゃない!」 「ッ…」 総身に温かさを感じながら、歪んだ視界に仲間たちを収める。 泣く必要なんて無い。 むしろ笑って、笑って…馬鹿みたいに笑って、冗談の一つも飛ばすべきなのだ。 「…ありがとう。みんな」 全身の感覚は既に無かった。 最期の瞬間に、私は笑えていたのだろうか。 今となっては分からないけれど…だけど、その瞬間。 私は本当に、幸せだった。 「私…今まで生きてて、本当に良かった」 …だから、また会う日まで。どうかどうか、お元気で。 |