倒れたマティウスは、少女の姿へと戻っていた。
伏してなおも、憎々しげにこちらを見据える双眸。
その執念たるや凄まじいが…抵抗する余力は、既にないようだ。

「おのれ…おのれぇえ…!この恨みッ…忘れるものかぁ…!!」
「…忘れなくていいよ。マティウス」

剣を収めたルカがマティウスに歩み寄る。
彼は柔らかく微笑んで、怨嗟を吐き続ける仇敵へと手を差し伸べた。

「君の痛み。アスラの絶望…僕が全部、抱えて生きる」
「なん…ッだと…」
「だって君も、僕の一部なんだから」

マティウスは、ルカの顔をじっと見つめていた。
そして最期に、薄く笑みめいたものを残し…今度こそ地面に、額をつける。
彼女の亡骸は残らなかった。
ハスタやガードルの時と同じように、マティウスもまた魂だけの姿となる。
浮き上がった彼女の魂は、二度三度と旋回した後…ルカの胸へと、吸い込まれた。

ルカが胸に手を当てたまま、黙って頷く。
彼がこちらへ向き直ると同時に、大きな柱の影に隠れていたらしいチトセが、短剣を握ったままふらふらと歩み出てくる。

「アスラ様…そんな。こんなのいや、嫌よ…!」

涙を流しながら呟いた彼女は、銀の刃を閃かせた。
彼女が何をする気なのか。
気付いた時には、もうすべてが遅かった。

「私にはもう、…アスラ様は、手に…入ら、ない…ならば…、いっそ…」

自らの胸に剣を突きたてたチトセは、静かに蹲った。
砂埃で汚れた床を、赤い血液が汚していく。
チトセは顔色を失ったまま涙を落とし、静かに瞼を閉じた。

「馬鹿な女…死ぬこと、なかったじゃない…」
「……」

愕然と呟くイリアの横を、コンウェイがすり抜けていく。
彼はチトセに向けて手を翳し、彼女の体を『魂』の状態へと換えた。
そして浮き上がったチトセの魂を、左手に填まった石の中へと収める。

『魔槍の刺客』と『不遇の花姫』によって、彼の両手は埋まったわけだ。

「…ありがとう。コンウェイ」
「お礼なんかいらないよ。ボクはボクの目的を果たしただけだから」

一同の輪へ戻ってきたコンウェイは淡々と言う。
ルカたちは不思議そうな顔をしていたものの、言及はしなかった。
彼らの気にすべきものは、目の前にある『創世力』のほうだ。

「ミルダ。お前はその力をどう使うつもりだ?」

祭儀場に掲げられた『創世力』。
いち早く歩み寄ったルカは、リカルドの声を受けて振り返った。

「欲しがる人に、高値で売りつけるんもエエんとちゃう?」
「………」
「えーと…エル?笑えないわよ、その冗談…」

エルマーナは、自身に突き刺さる視線に震え上がった。

「あ、アンジュ姉ちゃんもカグヤ姉ちゃんも顔マジすぎやわ…ごめんなさい」
「…分かればいいけどね」

相変わらずの彼女に肩をすくめる。
ルカはこちらを見ておかしそうに笑っていたが、ふと真顔になった。
聞けば、既に使い道は決めてあると言う。

「天と地を、一つの世界に。アスラの望んだ世界に」
「…」
「きっとそれが、始祖の巨人の願いだと思うから。だから、今度こそ…」

微笑むルカに、全員が頷いて同意した。
異論なんかあるわけが無い。
ルカは静かにイリアの名を告げて、自分の隣へと呼び寄せた。

「あたしでいいのぉ?また裏切っちゃうかもよっ」
「もう、止めてよ。君以上に相応しい人なんて、考えられないんだから」

……随分とまあ、遠まわしな告白だ。
イリアは顔を赤くしながら、フンと鼻を鳴らす。
ルカは彼女を見て苦笑し、イリアと共に創世力へと手を翳した。

「天地をひとつに!」
「そして―…すべてのものに、祝福を!」

創世力の光が増し、一帯が白く包まれる。
温かい光だった。
創世力のもたらした『光』は天高く舞い上がり、地上へ向けて降り注ぐ。

意識が途切れる、その寸前。

私は目下の大地が揺らぎ、融けあい、重なり合う瞬間を見た。
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