壮絶な戦いだった。
今のマティウスの姿は、かつての覇王アスラと大差ない。
その剣技、体さばき、どれを取っても今までの敵とは格が違う。

「めっちゃごっついでぇ!聖龍崩天烈ッ!」

ヴリトラへ姿を変えたエルマーナが、巨大な炎弾を放つ。
それはマティウスの顔面へ直撃したが、大きなダメージは与えられていなかった。覚醒したマティウスは、攻撃力も防御力も桁外れなのだ。

元の姿に戻り、上空から戻ってきたエルマーナが眉根を寄せる。

「アカンなぁ。ウチ、くじけそうや」
「…冗談でも言わないでよ、それ。ヒール!」

彼女の全身にあった傷が、術によって癒えていく。
…けれど、全部ではない。傷が多すぎて、一回の術では癒しきれないのだ。

「ウソや〜ん。カグヤ姉ちゃん、怖い顔せんといてぇやあ」

軽口を叩きながら、傷を残したままエルマーナが走り去っていく。
彼女が向かった先は、当然ながら戦場の最前列だ。
ルカにスパーダ、キュキュが敵へかじりつくように武器を振るっている。

「リザレクション!!」

アンジュの発動した、広範囲を癒す上級天術。
緻密な魔法陣が前衛を中心に展開し、淡い光を沸きあがらせた。

「命を育む女神の抱擁―…キュア!!」

攻撃の合間を縫い、イリアの天術が完成する。
術の対象は、特に傷の深かったルカだ。
腕の裂傷が癒えたルカは、襲い来る斬撃を受け止めることに成功する。

マティウスは、強い。恐ろしいほどに。
だけど彼女は孤独だ。
心に浮かぶ者もなく、護る者も、目指す未来も希望も無い。
…そんな彼女に、ルカたちの未来を刈り取る権利なんか、無い。

「元始にて万物の生たる燐光。汝が力、我に示せ」

私はきっと、今この瞬間のために生きてきたのだ。
アスラの絶望を解放するために。
大切なルカたちの、輝ける明日を護るために。
手加減なんかしない。
躊躇も後悔もしない。全力で…私の持つ全てを、ぶつける。

「轟け!ビッグバン!!」

マティウスの上空で、目が眩むほどの光が炸裂する。
前衛たちは一斉に飛びのいた。
身を焼く光を受けたマティウスの、苦悶の絶叫が響き渡る。

「今だよ、みんなッ!」

光が潰える直前に、私が叫ぶ。
真っ先に反応したのはコンウェイだった。彼の手にした本のページがバラバラと一人でに手繰られ、詠唱に呼応する。幾つもの輝く剣が、頭上に現れた。

「輪廻を断ち切れ!インヌメルムアーツ!」
「っ…キュキュの本気、見せる!インフィニットロンド!!」

コンウェイの術と同じくして、キュキュの放った衝撃波がマティウスへ降り注ぐ。
…この二人、仲は悪いけど呼吸はピッタリだ。仲は悪いけど。

乱れた息を正すコンウェイの脇を、見慣れぬ男性が駆け抜けていく。
あれは…多分、オリフィエルだ。
マティウスを目前に立ち止まった彼の周囲から、赤い羽根が舞い上がる。

「天へと還る翼を、貴方に!…鳳翼熾天翔!」

無数の赤い羽根はマティウスを浮かし、次々にその体を穿つ。
元通りの姿となったアンジュはリカルドの援護を受けながら、即座に後衛へと戻ってきた。彼女は最早術を唱えようとはせず、穏やかに笑っている。

「さあ、やっちゃいなさいな。二人とも」

度重なる激痛に悶えていたマティウスが、赤い目を見開いた。
彼女の左右には、既にルカとイリアがいる。
二人は互いの顔を見合わせて頷きあい、深く息を吸った。

「天を統べる、覇者の証!」
「永久の礎に、虚無と消えよ!」

二人の姿が変貌する。
ルカはアスラに。
イリアはイナンナに。
彼らはまっすぐにマティウスを見据え、咆哮した。

「ルインド・ベイン・ウィッシュ!!」
「魔王、灼滅刃ッ!!」

吹き荒れる嵐と、炎を纏った大剣が絶望の覇王を襲う。
マティウスに、最早声は無い。
彼女は目映い光の中心で獣のように吼え、そして地面へと倒れ伏した。

「ま、…マティウス…さま……」

鎮まりかえった祭儀場。
そこにはただ愕然とした、チトセの声だけが響いていた。
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