長い長い塔の、頂上に辿りついた。 扉一枚隔てた向こうからは、チトセと思しきすすり泣きが聞こえてくる。 「出来ない…私には、できません…」 「愚か者!お前以外の何物が叶えられるのか!さあ早くッ…」 頂上は祭儀場のようだった。 丸く切り取られた床、その遥か下方には雲海と大地が見える。 マティウスとチトセは輝く『創世力』を前にして向かい合っていた。 「マティウス!」 「…邪魔が入った。チトセ、早く私を殺せ!そして世界滅亡を願うのだ!」 チトセは泣きそうな顔で首を振る。 彼女の握り締めた短剣は小刻みに震え、カタカタと音をたてていた。 「私を愛しているのなら、今こそ示してみよ!」 「あ、愛して…います。でも…」 二人を見て、イリアが憎々しげに舌を打つ。 「アンタ、なりは女だけど、全ッ然女心分かんないヤツね!」 「そうよ!彼女は貴女に愛されたいだけなのに。ほんの少しでも…」 「知ったことか!!」 マティウスが初めて私たちを見た。 チトセはビクリと肩を震わせ、短剣を抱くように引き戻す。 彼女はマティウスからどんな罵声を浴びせられても、一言も声を発しなかった。 「…君には人の心が無いのか?どうしてそうまで、世界の破滅を願う?」 「どうして…だと?理由など要らん」 マティウスの瞳に、憎悪以外の感情は見られない。 彼女はチトセを残してこちらに歩み寄り、両手を広げた。 「私がただ在る限り。世界を滅ぼさなければならんのだ!」 イナンナにそっくりな、マティウスの顔。 だけどその口からつむがれる憎悪は、絶望は、アスラのものだ。 愛する者に裏切られて、失意のままに死んだ…私の友人のものだ。 「…マティウス。君が受け継いだ、その絶望…同情するよ」 「なんだ?命乞いならば聞かんぞ?」 嘲笑するマティウスに、ゆっくりと首を振る。 「私は君を止める。地上を愛する者として…そして、天上を愛する者として。アスラの絶望もイナンナの選択も、私が全部始末をつけてあげる」 何度も何度も、自分の無力を悔やんだ。 だけど…今は違う。もう悔やんだりしない。前に進むだけだ。 「アスラが失い、僕が取り戻した仲間との絆。その強さを証明するために…僕は、絶対に負けない!」 ルカが大剣を抜き、マティウスを見据える。 イリアが彼の隣へ並び、腰から双銃を抜き取った。 「そうよ!もう前世なんてウンザリ。これで決別よっ!」 「もう…身も蓋も無いなぁ。イリアったら…」 「文句なら、後で聞いたげる。とりあえず用事を片付けないとね!」 勝気で前向きなイリア。 ルカは苦笑を浮かべながらも、そんな彼女の横顔を嬉しそうに見つめていた。 「オレは"剣"だ。そしてこいつらを守る"楯"…役目を終えれば、"制する"ことができる」 呟いたスパーダが双剣に手をかけ、にやりと不敵な笑みを浮かべる。 「ヘヘ、んだよ!バルカンの想いも、ハルトマンの教えも大差ねぇ!草葉の陰で見てろよ、バルカン!」 剣を抜くスパーダの隣で、エルマーナが手のひらに拳をたたきつけた。 「自分もアスラやってんな。知っとったら、もっと優しくしたったのに。…でも、もう遅いで?おイタが過ぎたみたいやからな。尻叩きでは済まされへんねん」 この期に及んで『尻を叩かれるアスラ』を想像し、笑ってしまいそうになる私も大概彼女に影響されていると思う。なんとか堪えたが、危なかった。 いち早く身構えた面々の最後尾で、コンウェイが肩をすくめている。 「やれやれ。ここまで付き合う羽目になっちゃったな…まあ、いいか。とことん付き合うよ」 「キュキュも!キュキュの友達、困らせるヤツ…許せない!」 本と槍を構える、自称部外者の二人。 アンジュは彼らを嬉しげに一瞥すると、短剣を持ったまま微笑んだ。 「そうそう。これが終わったら、みんなで美味しいものでも食べに行こうね。…だからみんな、怪我しないように。わたしと約束よ?」 場違いなほどに柔らかい、暢気な台詞。 アンジュなりに空気を変えようとしてくれたのだろう。優しい彼女らしい。 リカルドは相変わらずの雇い主を一瞥して、薄く笑みを浮かべた。 「…フ、皆戦意が高いな。これでは負けるはずが無かろうて」 まっすぐに前方へ向けられた銃口。 マティウスは忌々しげにこちらを睨みつけ、美しい顔を歪めた。 そして自らの全ての憎悪を振り絞るように、轟くような咆哮を上げる。 「くたばれ!雑魚どもめがぁあああああッ!!」 叫ぶ彼女から迸る力の波動。 その凄まじさたるや、防御の姿勢を取っていても押し戻されてしまった程だ。 「この私の絶望を…アスラの絶望を!思い知るがいい!!」 光が収束した先に、アスラに酷似した姿があった。 ただし、アスラでは無い。 黒い鎧のようだった皮膚は血のように赤く、不気味な光を放っている。 手にした大剣はデュランダルだろうか。 その刀身は溶岩のように蠢き、じりじりと炎をあがらせていた。 なんて禍々しい姿。まるで絶望の化身だ。 ……だけど、不思議だ。負ける気が全然起きない。 「天地のみんなのため…僕らは負けない!!」 駆け出したルカが叫ぶ。 恐怖を打ち払うような、強い決意に満ちた声だった。 声を揃え、全員でそれに呼応する。 絶望を背負いし覇王に立ち向かう皆の目は、未来だけを見据えていた。 |