死神タナトス。
私が彼とまともな言葉を交わしたことは、一度も無い。

だけど同じ神である彼には、親近感に似た何かを感じてはいた。
地上を愛した神。
地上の人間を愛した神。
…そんな彼と、今の私と、一体なにが違うのだろうか。

「穿て、エンシェントノヴァ!」
「災いを灰燼と成せ、エクスプロード!!」
「燃やし尽くせ!クリムゾンフレア!!」

深紅の炎がギガンテスを襲う。
僅かに浮いていた機体がぐらつき、その隙にスパーダとキュキュが斬りかかる。
機械人形からプロペラを奪い取った彼らは、前衛に飛び出したリカルドと入れ替わるようにして後ろに跳んだ。

リカルドの体が陽炎のように揺らぎ、黒霧に包まれる。

「兄者を侮辱した罪、思い知るがいい」

死神ヒュプノスが鎌を振るう。
ブタバルドの悲鳴が響く。機体の疵からは煙が吹き上がっていた。

「エンドレス・トラジディ!!」

機体を真っ二つに斬り裂いた彼は、塔の下へ残骸を弾き飛ばす。
なす術もなく落下する機械人形。
それが最期に弾き出したシリンダーから、ガードルが転がり出てきた。

「ゥ…ッぐ…」

僅かに呻きが聞こえる。生きているようだ。
力なく床を這う彼に、武器を収めた一同が駆け寄る。

「アンジュ、早く治癒術を……っ!」

座り込んで治癒術を唱えようとするが、リカルドに制された。
…無駄だという意味だろうか。

「地上、は…美しい…」
「…」
「人も…花も…この美しさに比べれば、天上…など…」

震えるガードルの指が触れたのは、打ち捨てられたように咲く花だった。
淡いピンク色の、細くてちっぽけな、儚い花。
ガードルが愛した地上は、きっとこういったモノなのだろう。

「できる、ことなら…転生などせず、…ずっと…地上と共に…」

呻くガードルが、激しく咳き込んだ。
血でも吐いたのだろうか。
リカルドは固く唇を噛み、死の直前に居るかつての兄を見下ろしていた。

「…いいでしょう。その望み、叶えます」
「!コンウェイ…」

黙り込む一同から、コンウェイが歩み出る。
彼はリカルド同様にガードルの元へ座り込み、両手を翳した。

すると、ハスタの時と同じように、ガードルの体が消滅した。
そして一つの淡く光る『魂』へと変わる。
コンウェイはその魂を手のひらの上で浮かべ、高く掲げてみせた。

「!」

彼の手のひらから飛び去った魂が、四散した。
キラキラと輝く光の粒。かつてガードルの魂だったものは、まるで雨のように地上の世界へと降り注いでいった。

「…これで彼の魂は、地上といつまでも一緒だ」
「コンウェイ…すまない。ありがとう」
「気にしなくていいよ。偉大な先人に、相応の敬意を払っただけさ」

花だけが残された一角。
リカルドとコンウェイが私たちに向き直り、先を急ごうと告げる。
異を唱えることは出来ず、再び長い階段へと取り掛かった。

「ねえ、カグヤ。ガードルさんのこと…どう思う?」

階段を走りながら、アンジュが声を潜めて尋ねてきた。
ずっと先のほうでは、ルカがリカルドを慰めようと苦戦している。
私はその様子を眺めながら、そうだなあ、と呟いた。

「親近感っぽいものは、あるよ。ちょっとだけね」
「…親近感…」
「地上が好きなのは私だって同じだもの。だけど…」

脳裏に、壊れた天空城がよぎる。
地上に比べれば天上など、と。そう言い切ったガードル。
そんな彼と私の間には、埋め難いほど大きな溝があった。

「……ごめん。これ以上はちょっと言えない…かな」
「そっか。…ううん、いいの。変なこと聞いちゃってごめんね」

先頭近くのメンバーが、守衛の魔物との戦闘に突入した。
ブタバルドを破ってからの道は、もう魔物しかいない。
教団員たちは王都軍を食い止めるのに精一杯なのだろう。

「でもね、カグヤ。忘れないで」

加勢しようと駆け出す寸前、アンジュが微笑んだ。

「神だろうと何だろうと…あなたはわたしの仲間で、友達よ」
「…」
「だからあなたが何を思っても、何を決めても、軽蔑なんてしないわ」

忘れないで、と続け、アンジュは私の手を握る。
その手のひらの温かさに、思わぬ唇を噛み締めてしまった。

「…アン、」
「アンジュ、カグヤ!カイフク おねがい!」

キュキュの声に、はっと我に帰る。
私とアンジュは回復の要だ。
揃って抜けたら、戦闘が厳しくなるに決まっている。

私たちは即座に会話を切り上げ、加勢のために詠唱を開始した。
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