長い荒野の果てに辿りついた『黎明の塔』。 塔の入り口付近では、王都兵と教団員たちの争いが始まっていた。 アルベールが停戦協定を結んだらしいから、王都兵はこれが全勢力だろう。 「王都兵と教団員を同時に相手しなきゃならないなんて…」 「何を言っている、ミルダ。むしろ好都合だぞ」 争いの合間を縫って進みながら、リカルドが言う。 「俺たちだけで教団員を相手にするつもりだったのか?王都兵が引き受けているぶん、侵攻がラクになったはずだ」 「…そう、なのかな。でも…」 「ルカ。もうここまで来たんだから、迷うのはナシだよ」 走るルカの背中を、平手で叩く。 うひゃあ、と情けない悲鳴をあげた彼は、涙目で私を見た。 …こんな頼りない彼も、戦闘となれば人が変わったように頼もしくなる。 出会った頃とは大違いだ。 それが嬉しくて、自然と微笑が浮かんだ。 「前に進もう。私、全力で君を守るから」 「……うん。ありがとう、カグヤ」 ルカが顔をほころばせ、大剣を抜く。 黎明の塔の内部は、当然ながら敵だらけだった。 教団員や王都兵はともかく、守衛に放たれているらしい魔物もいる。 「おたんこルカ!いつまで喋ってんの、来るわよ!」 「今行くよ!」 「くそ、キリがねぇ…一気に突破すんぞ!」 それでも、足を止める者は誰もいなかった。 武器や術を効率的に使いながら、互いをフォローしあって先に進む。 長い旅を共にした仲間たちの長所や短所は知り尽くしていた。 今のところは順調。 この勢いで突き進めれば…誰もがそう思った時。 当然のように、障害は待ち構えていた。 「やあ、デザートの時間だねぇ。いささか『粗食』というか『粗敵』に食い飽きてしまいましてなあ」 血に濡れた赤い槍を払い、ハスタが振り返る。 デザートの時間…か。 そういえばルカを刺された後も『デザート』呼ばわりされた気がする。気がするだけだけど。どうでもいいけど。ムカつくけど! 「皆様?子どもの笑顔と俺の心の平安のため、面白可笑しく殺されちゃってくれませんかねぇ」 「…」 「その次はマティウスだな。そんで…全人類をこの手で殺すってのもぉ、古今例の無いことだぜぇ?」 どうしよっかなぁ、と楽しそうにハスタが笑う。 …この男は狂っていると、今までもずっと思っていたけど。 今回は違う。今までとは比べ物にならない、異質の狂気を感じる。 「お前は…誰の味方なんだ?」 「少なくとも、お前の味方じゃないな。殺しあうには充分な理由だろ?」 ふと真顔に戻っていうハスタに、小さく肯いた。 「…私、個人的に君が嫌いなんだ。だからぶっ潰す」 「よく言った、カグヤ!あたしもあの男が大ッッ嫌いよ!」 身構える私と、銃を抜き放つイリア。 ハスタは次々に武器を構えだす一同を無機質な目で眺めた後、思い出したようにスパーダへ目を向けた。向けられる一番強い敵意を感じ取ったのかもしれない。 「お前との縁、これで最後にしてやる!行くぜ!」 双剣を携えたスパーダが、真っ先にハスタへ斬りかかる。 ハスタは軽やかに跳んで攻撃を避けると、槍を構えなおして微笑んだ。 背筋が冷えるような、凄惨な笑みだ。 「刃に宿れ、強靭なる力!アブリゲットシャープ!」 「堅牢なる守護よ。フィールドバリア!」 「加護を咀嚼せよ、スポイル・レジスト!」 後衛の補助術が発動する。 ハスタはコンウェイの術で体が重たくなったのか、一瞬だけ顔を顰めた。 …けれど一瞬だけだ。その後の顔は、お察しの通り。 「ハスタキーックぅ!」 軽口を叩いているものの、腹立つくらいに楽しそうだ。 戦いを楽しんでいるのか。殺しを楽しんでいるのかは、分かりかねるけど。 …知りたくもないしね。どうだっていいや。 「君に刺された痛み、忘れてないよ。…鷹爪烈風剣!」 「せや、二度と見れへん顔にしたる!龍凰天駆!」 「…エル、まだそれ 言ってたか」 この期に及んでまだ遊べるエルマーナを心底尊敬する。 私はアンジュと顔を見合わせて苦笑しつつ、詠唱中のコンウェイとリカルドから注意を逸らすため、彼女と左右に分かれて駆け出した。 ハスタが追ってきたのは私のほうだ。 まるでレグヌム峠の再現である―…あの時と違うことは、勿論あるけれど。 「今度は逃げないよ。フィアフルストーム!」 自分を中心に展開する嵐の天術。 ハスタが追撃をやめて立ち止まるのが見えた。 そしてその後ろで、コンウェイとリカルドが片手を掲げているのも。 「ブラックホール!!」 二人の声が重なる。 途端にハスタを襲った漆黒の重圧は、その体制を崩すのに充分すぎた。 …跳ね退いた私を掠め、スパーダが風のように駆けてくる。 「天地空、悉くを制す」 ハスタの槍に、体に斬撃を浴びせながら、スパーダが吼える。 「神裂閃光斬!!」 巨大な剣…デュランダルが、浮いたハスタの体を貫く。 ハスタは口からごぼりと血を吐き、無造作に床の上へと転がった。 |