出発を明朝に控え、一時解散した。 もしかしたら最期の夜かもしれない…そう言ったのはリカルドだっただろうか。 「…そんなこと、させない。絶対」 サニア村の夜空を見上げながら、かつてそこに在った天上を想う。 滅んでしまった天上界。 その理由は、すごくすごく残酷で悲しかったけれど…だけど、それでも。 それでも、知れてよかった。 結論付けてから、視線を前方に戻す。 そして振り返り、小さな家の影に向けて声を発した。 「話があるから出てきて欲しい」と。 …一瞬の間が空いたものの、相手は拒否しなかった。 家の影からゆっくりと姿を現し、私の目の前まで歩み寄ってくる。 「とりあえず、お礼言うね。飛行船の中で庇ってくれてありがとう」 「…」 「そんで、文句を言う。女性に対して『重い』はNGワードだよ」 コンウェイは何も言わなかった。 ただ静かに頷いて、近場に在った背の低い柵に腰を預けただけだ。 「…いつかした、ボクの質問。覚えてる?」 月夜に照らされたコンウェイの瞳が見上げてくる。 私は黙ってそれを見下ろし、その話がしたかった、と息をついた。 ガルポスでの話だ。 何の脈略も無く、唐突に突きつけられた質問。 『君は今、生きていて幸せか』。 その瞬間は応えられなかったけど…今なら答えられる。完璧に。 「幸せだよ。ものすごく」 「…」 「天上界の滅んだ理由…辛かったけどさ。知れて良かったって思うし」 自分の無力を思い知ったけれど。 それでも、マティウスの言ったように『知らなければ良かった』とは思えなかった。取り残された理由が幸せなモノじゃないって、判りきっていたんだから。 「それに、まだ終わってない。マティウスを阻止して…みんなの未来を守らないと。その手伝いができるっていうのも、私はすごく嬉しいの」 天上界代表、と言うにはおこがましいが。 アスラやイナンナだって、来世に禍根を残すことは望んでいなかっただろう。 だから…私が代わりに頑張るしかない。 友達として。神として。全ての決着を、付けなければならない。 「……君は強いね。カグヤさん」 黙っていたコンウェイが口を開き、微笑む。 「ボクの心配は要らなかったみたいだ。本当に良かった」 「…?」 「前にも言ったかな。ボクの目的は、『魂の救済』」 コンウェイが、自らの両手を胸の前で翳して見せる。 丸い大きな石が填まった手のひら。 最初は違和感を感じていたけど、今ではすっかり見慣れた代物だ。 「だけどボクの手は二つしかない。だから、魂も二つしか救えない」 「…」 「魔槍の刺客、そして不遇の花姫。彼らで席は埋まってしまっていたんだ」 でも、と言葉を継ぎ。 コンウェイは私を見上げてきた。感情の読めない不思議な瞳で。 「君のために、どちらかを諦めるべきか。ずっと考えていた」 「!え…」 「杞憂だったよ。それどころか、君にも失礼な悩みだった」 微笑んだコンウェイが、ごめんね、と小さく頭を下げる。 思わぬ展開だ。 私は目を白黒とさせながら、彼の様子を見守った。 「失礼だなんて思わないよ。気にしないで」 「…そうか」 「でもさ、その…少しでも負い目があるなら。私のお願い、聞いてくれない?」 コンウェイの柳眉が、訝しげに顰められる。 完璧に怪しまれている。 意図せず悪くなってしまった雰囲気が、どうにも肩身を狭くさせてきた。 「ちょっと無茶なお願いなんだよね。君にしか頼めない」 「…それ、今聞かなきゃ駄目かい?」 「!」 私の言葉を遮って、コンウェイが立ち上がる。 彼は私に背を向けて歩きだし、イリアの家へと足を進めていた。 「全部終わってから聞くよ。君の"夢"が叶ってから」 「…私の、夢…?」 「そう。天上界崩壊の真相は、もう分かったろうから…あと一つは『ルカくんたちを見届けること』、だっけ」 思わずぎょっとして、コンウェイの背を見つめてしまった。 …その、台詞。確かあの船の中で。 堪らず駆け出した。遠ざかりかけていた背中に駆け寄り、細い腕を掴む。 「やっぱり!あの時、ずっと起きてたんじゃない!」 「起きてたよ?でも邪魔はしなかったろう」 「うッ…」 「君がリカルドさんに抱きついて、涙…鼻水?を流してた時もさ」 「ううッ…あああああああああ!!」 両手で頭を抱えてしゃがみこむ。 めちゃくちゃ恥ずかしい!なんだこれ!穴があったら入りたい! 「じゃあ、帰ろうか。明日も早いし」 「待てぇ!なに何事も無かったかのように帰ろうとしてんだ!」 「あはは、カグヤさん。また鼻水出てるよ」 「これは涙だっつーの!バカ!!」 |