ルカは世界の破滅を願わなかった。
代わりにあふれ出したのは、自分自身への失望と絶望。

『僕なんか消えてしまえばいい』…そう言い放ったルカは、アスラの姿へと覚醒した。

叫ぶ彼が、ルカなのかアスラなのか。
ただ何もせず、眺めているうちに…だんだんと、分からなくなってきた。

「ルカっ!!」

スパーダとイリアが、膨大な気を放つルカに歩み寄ろうとする。
それが自殺行為と悟ったのだろう。
冷静なリカルドに命じられ、コンウェイとキュキュが彼らの意識を刈り取った。

「城が崩れる!飛行船に戻るぞ!」
「…カグヤ、カグヤ?大丈夫、走れるっ!?」

イリアを背負って走り出したリカルド。
彼と同じくスパーダを背負い、コンウェイが後に続いていた。
私はアンジュとエルマーナの支えでなんとか走り出したものの…頭がまだ上手く働かない。逃げなければと考えても、足が動いてくれない。

「二人とも…私はいいから、先に」
「…っそんなの ダメ!!」
「!?」

いつの間にキュキュが後ろにいたんだろう、と考える暇は無かった。
彼女はなんと躊躇なく、両手を使って私を抱き上げたのだ。
…すごい力だ。大して身長差があるわけでも無いのに。全然動けない。

「■■■!■■■■!」
「え…あ、あの。キュキュさん…?」
「アー、えと…とにかく、急ぐ!早く!!」

私を抱えたまま、キュキュが駆け出す。
アンジュとエルマーナも彼女の後ろに続いていた。
本当に置いていって構わなかったんだけど…降ろしてとか言ったら殴られそうだ。
…キュキュにぶん殴られるのは、嫌だな。

「アンジュさん、エルマーナ、キュキュ!早く乗って!!」

開け放たれた飛行船のハッチからコンウェイが叫んでいる。
キュキュたちは転がるように飛行船に乗り込み、すぐにハッチを閉めた。
リカルドは操縦席にいるようだ。

崩れ行く天空城から、飛行船が浮き上がる。

最初の数秒に問題は無かったものの…優雅に着地、とは勿論いかない。

「舵が取られたッ…操縦が効かん!」
「な…!?」
「きゃあああああッ!!」

ぐらりと傾く船体。
まっさかさまに堕ちていく、懐かしくておぞましい感覚。

…今度こそ、意識を保つことは出来なかった。

「ッ……!!」

飛行船の中で、重力の狂った体が浮き上がる。
最後に、それを誰かが受け止めてくれた気がするけど…それから先は、分からない。


*


夢を見た。
地上に堕ちて、傷ついた体を引き摺って、耐えていた頃の夢だ。

地獄みたいだった。
寂しくて、辛くて、痛くて、死にたいと何度も何度も思った。

思い出があったから耐えられた―…いつかリカルドにそう言ったけれど。
きっと、そうじゃない。それだけじゃない。

私は一人じゃなかったから。
思い出の中のアスラにヴリトラ、イナンナたちは勿論のこと。
私を祀ってくれた人間、信仰してくれた人間。
毎日会えたわけではないけれど、彼らだって私の心を慰めてくれていた。

私は孤独ではなかった。

だから、世界の滅亡なんて要らない。
人も神も、存在するから敵を生む…そんなのは当たり前だ。
だけど人も神も、存在し続けないと味方を生むことすら出来ない。

存在することの意義。
存在し続けることの、本当の意味。

それを知ることが出来たから、きっとわたしは―…


「…ちゃん。姉ちゃん…カグヤ姉ちゃん!!」
「カグヤ?聞こえる、カグヤ。起きて」
「いつまで寝ているんだ、カグヤ」
「カグヤさん、気をしっかり持って。起きるんだ、早く」
「カグヤ!寝坊、ダメ!!」

『カグヤ』か。
本名じゃないけど…適当につけた、適当な名前だったけど。
…でも、やっぱり。気に入ってる。大切だって、思える。

「…みんな。ちょっとうるさい」

みんなが私を、呼んでくれる名前だから。
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