冗談はさておき。
リカルドの操縦は想像よりもずっと危なげが無く、彼の高所恐怖症を知らない面々は素直に空中遊泳(というには語弊があるが)を楽しんでいる様子だった。

…私は、その。やっぱり高いところも、得意じゃなかったみたいだけど。

「……」

窓の外は奇麗だそうだが、とても覗き込む気にはなれない。
墜落の恐怖も勿論だけど…やっぱり嫌な予感が止まらないのだ。

もうすぐ私は、天上崩壊の理由を知るだろう。
それは私にとっての悲願だ。地に堕ち、数千年もの間焦がれた悲願だ。
なのに…どうしてこんなにも、不安なのだろうか。

「!見えてきたで、みんな。あれが天空城や」

窓を最前列で眺めていたエルマーナが声をあげる。
程なくして、飛行船は動きを止めた。
無事に天空城でたどり着けたらしい。操縦席のリカルドがハッチを開けると、冷たい空気が船内に流れ込んできた。

「うっわあ…前世のまんまやなあ」
「本当だ…ここにアスラがイナンナたちと住んでたんだよね」

ルカたちに続いて外に出る。
そこは庭だった。白い飾り石のあしらわれた、美しい庭園。

……私…ここを見るの、初めてだ。

「あ…そっか。カグヤは天空城を見るの、初めてなんだよな」

思い出したように言うスパーダに、深く頷く。
彼はふぅんと気のなさそうな返事をして、感想を求めてきた。
…感想、ねえ。そうだな。うまく言えないけれど、なんていうか。

「懐かしいよ。一度も見たことなかったのに」
「…」
「少し壊れてるけど…すごく奇麗だね。見れて良かった…」

声が涙ぐまないよう努めたけれど、あまり効果は無かったようだ。
スパーダは意外そうに私を見つめた後、言及せずに目を逸らしてくれる。
…背後から感じるリカルドの視線には、気付かないふりをした。

「マティウスは、もう着いてるんでしょうね…」
「創世力があるのは屋上や。ウチ、案内できるで。行こか」

エルマーナの先導で城内に入る。
…天空城の内部は、これはまた壮麗な装飾が尽くしてあった。
どれもこれも前世のままなのだろう。ルカやスパーダが懐かしそうに周囲を見渡し、イリアが時折物思いに耽っているのが見えた。
…イリア、顔色が悪いみたいだけど。また頭痛でもしたんだろうか。

「…これ、何か?石?」

だいたい半分くらい進んだ頃だった。
道の真ん中に陣取る巨大な"石像"を見上げ、キュキュが首を傾げる。

「これは…遺体よ。天上の神は、死ぬと石像のようになるの」
「!そういうことか」

コンウェイが軽く目を見開き、石像の…神の遺体の表面に触れた。
見知らぬ神ではあったが、驚愕に凍りついた表情は天上崩壊時の衝撃をこれ以上ないくらいに表していた。…実際、凄まじい揺れだった。私だって、籠が転がり落ちるのが一瞬遅ければ、簡単に死んでいたはずだ。

「……そろそろ目的地や。準備はええか?」

言葉少なに道を行き、やがてエルが巨大な扉を背にして立ち止まる。
その扉の向こうが屋上…なんだろうけど。
なんだか今までの遺体とは雰囲気の違う石像が、目の前に立ちはだかっていた。

「これ、何かしら?」
「!アンジュ姉ちゃん、近づいたらあかん!」

無防備に石像へ歩み寄ったアンジュ。
すると、それを感じとったのだろうか。石像の目が突然赤く輝き、腕や足をゆっくりと動かし始めたのだ。その動きは、眠りから醒めた瞬間に似ていた。

「これ、番人やねん!屋上の!」
「ラルモ!そういった事柄は早く言え!!」

慌てて戻ってくるアンジュと、武器を構える一同。
どうやら戦わなければならないらしい。
私も術を使う準備をしようと身構えて…ふと、思い立った。

屋上の番人。
考えるまでもなく、アスラが設置したのだろう。
……だったら、もしかして。

「……」
「!カグヤっ、前出ちゃダメで…しょ………!?」

ふらふらと番人に歩み出る私。
みんなは驚き、引きとめようとしてくれたが…問題は全くなかった。
案の定、だ。
番人は私の姿を見た途端、動きを止めた。
更に扉の真横に戻った上、再び石像になって完璧に静止してしまう。

「なんだこりゃ?どういうことだ…!?」
「カグヤ、今何かしたの?」

驚愕する仲間たちが詰め寄ってくる。
正体を明かしてあるリカルドは、その理由を悟ったらしい。コンウェイやキュキュと共に、押し黙ったまま意味深な視線を送ってくるだけだ。

「何もしてないよ」
「う、嘘。だって今…」
「嘘じゃない。何もしてない。…そんなことよりさ、ほら」

一同の輪に戻り、目の前にある扉を指し示した。

嫌な予感は収まっていない。それどころか強く、重たくなっている。
だけど今更逃げられない。
逃げてはいけない。
終わらせないと。今こそ、全部…私の数千年を、終わらせないと。

「行こう。真相を見極めなくちゃ」
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