「アルベールさん。あなたは変わらなきゃ」

よろよろと立ち上がったアルベールを前に、アンジュが訴えている。
話上手の彼女だ。
次々に継がれる言葉は、諭すようで糾すようで、それでいて優しかった。

「あなたの意志次第で、多くの人が救われるわ。誰の命も犠牲にせず」
「ぼ、…僕は、」
「創世力になんて頼らないで。あなたはヒンメルよりも自由。創世力の…前世の呪縛から、自由になりましょう?」

微笑むアンジュが、手のひらを差し出す。
アルベールは暫く逡巡していたが、やがて観念したように息をついた。
そして柔らかい微笑みを浮かべ、アンジュの手を取る。

「…そう、だな。絶望する前に…やることがある」

すまなかった、と継いだアルベールが、私たちに頭を下げる。
イリアがルカやスパーダと共に歓声を上げた。
リカルドは冷静そうだけど…彼には珍しいくらい、嬉しそうに笑っている。

「良かったぁ。アンジュ姉ちゃんの葬式に着る服、買わなアカン思てたぁ」
「そうそう。喪服って結構お高いんだよねぇ」
「エル、カグヤ…ちょと、違う」
「…ちょっと、なのかな。これ?」

ぼそりと呟くコンウェイ。
久しぶりに全員で和気藹々と笑いあったが、ふとスパーダが我に帰った。
総出でアルベールをからかいに走った面々に、突如絶叫を浴びせる。

「創世力の在処が分かったんだ。さっさと取りに行かねーと!」
「あっ…そ、そうだね。マティウスに取られる前に、」

ルカの言葉を、何者かが遮った。
…知った声だ。全員で上空を振り仰ぐと、案の定『彼女』はそこにいた。

「マティウス…!」

仮面を填めた彼女の左右には、チトセとシアンの姿もある。
マティウスは飛行船の上に佇んだまま、ルカとイリアを見下ろしていた。

「創世力が天空城にあると分かれば、こっちのものだ」
「!なっ…」
「天空城で待っているぞ。アスラ!!」

宣戦布告、だろうか。
高らかに言い放った彼女は杖を振り、チトセやシアン諸共姿を消してしまった。移動系の天術…か。すごいな。天上界でも珍しい術だったはずなのに。

「ど、どーすんだよ!先越されちまったじゃねーか!」
「なんや。今の、パッて消えおった。スゴいなあ」
「カグヤさん。あれ、できる?」
「私?無理」

そもそも、やったことないし。

つまらなそうな顔をするコンウェイとキュキュに、何か文句を言ってやろうと口を開いたとき…今まで黙っていたアルベールが、口を挟んできた。
飛行船を貸し出してくれるらしい。
アンジュをデートに連れていきたいからちゃんと返してくれ、と冗談めかして言う彼に、ささやかな殺意が芽生えたことは内緒にしておこう。

「ありがとう、アルベール。…リカルド、操縦はよろしくね」
「…はっ?」

次々に飛行船へ乗り込んでいった仲間たち。
残されたリカルドが、同じく残されたルカの言葉に目を丸くしていた。

「ま、待て。こんなモノ操縦したことな…」
「でも、船は操縦できてたじゃない。僕たちじゃ動かせないし」
「うんうん。リカルドじゃないとなんか不安かも」
「…」
「操縦の仕方は僕が教えます。簡単ですから、大丈夫ですよ」

アルベールを加えた三人で続けてみる。
…リカルド、なんか愕然としてるように見えるけど…気のせいだろうか。
私が訝って目を眇めた時、リカルドは薄く微笑みながら頷いていた。

「任せておけ」…らしい。

…大丈夫かな。本当に。落ちないよね、これ。

「や、やめてよね…リカルド。墜落とかさ…」
「ああ、大丈夫だ。…多分」
「多分かよっ!」

ルカと、操縦マニュアルを持ったアルベールが乗り込んでいく。
私は黒コートの胸倉を掴み上げ、懸命に目線をあわそうと試みてみた。
…だってリカルド、さっきから一度も私の目を見ない。

「本ッ当やめてよ!高い場所はともかく、落下は流石に死ぬから、私!」

主にトラウマ的な意味で。
…籠の中に入ったまま、天空城から落下した恐怖は未だに忘れられない。

「…俺は高いところが苦手なんだ」
「ハァ!?」
「待て、カグヤ。人相が変わっている。少し落ち着け」

リカルドが私の両肩を掴み、自分から引き剥がす。
…改めて見上げた彼の顔は、なんというか。蒼白だ。いつも以上に。

「リカルドさーん、カグヤさん?そろそろ乗ってください」

どこか遠くから、アルベールの呼ぶ声が聞こえる。
けれどリカルドの…操縦士の顔を見ていると、どうも乗る気になれなかった。

…さっきから感じてた、『嫌な予感』。これだったのかな。
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