テノスの『記憶の場』では、創世力の在処を思い出したのだという。 その在処こそ、天空城。 …と、なると。やはりアスラは創世力を持ち帰っていたらしい。 「カグヤ。アスラから何か聞かなかったのか?」 アンジュを追うため、兵器工場の攻略中にリカルドが話しかけてきた。 他のみんなは他のことご執心のようで、こちらには全く気を払っていない。 私は首を振って否定し、浅く息をついた。 「何も。…アスラって見栄っ張りでさ、私には朗報しか持ってこなかったの」 「それは、悪い報せはしなかったと?」 「ていうか、ほとんど事後報告。バルカンの剣を手に入れた、戦に勝った、天上統一した…みたいな。だから創世力についての報告は無かったな」 恐らくアスラは、『創世力を手に入れた』という報告より、『創世力を使って天地を統合した』という報せを持ってきたかったのだろう。 だからヒンメルについても、全く知らない。言われなかったから。 「…ごめん。役に立てなくて」 「気にすることじゃない。…それに、もうじき全てが明らかになるだろう」 「…」 リカルドから目を逸らし、うつむく。 全てが明らかになる、か。 彼の言う通り、この旅は確実に佳境に入っている。 天上界崩壊の理由も、そう遠くない未来に明らかになるだろう。 …でも、どうしてだろう。 「あんなに焦がれた"答え"なのに…嫌な予感がする…」 誰にも聞こえない声音で呟き、唇を噛む。 その後の道のりは、ほとんど無心で歩いていた。 ルカやイリアの後ろに続き、彼らを援護する。アンジュがいないから、私は専ら回復担当だった。考え事をする暇も、ふざける暇も一切ない。 私が我に帰ったのは、冷たい外気を総身に感じた瞬間だった。 「アンジュ!!」 兵器工場の屋上には、飛行船が安置されていた。 私たちが辿りついた時、その飛行船には今にもアルベールとアンジュが乗り込もうとしていて…本当に間一髪、といった感じだ。危なかった。 「みんな…」 「邪魔をしないで貰おうか。僕はオリフィエルと共に、創世力を使うんだ」 愕然とするアンジュに対し、アルベールはあくまで冷静だった。 アンジュを連れ、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。 その手には、既に細身ながらも大きな銃が握られていた。 「…形式として訊くけどさ。創世力を何に使うつもり?」 「知れたことさ。理想国家を築くんだよ」 アルベールは淡々と語り始めた。 ヒンメルの夢。それを受け継いだ自分の出した、新しい結論。 センサスの転生者と地上人を排し、ラティオの転生者のみで築く『理想国家』について。 本人がどういうつもりかはともかく…その望みは、世界滅亡と大差ない。 「無駄なことをするな!『献身と信頼 その証を立てよ』…パートナーの同意が無い限り、創世力が発動するもんか!」 「それはどうかな?創世力の使い方は、もう一つあるだろう?」 勝ち誇ったような顔で笑うアルベール。 創世力のもう一つの使い方…か。センサス側の解釈のことだよね。 「『自身の最も愛する者を犠牲にする』こと…か」 「まさか!アンジュの命を使うつもりなの!?」 「その通り!センサスの野蛮人も、少しは役に立ってくれたようだね」 彼の銃を握る手に力が篭ったのを見届け、みんなが武器を構えだす。 …けれど。すぐに戦闘、とはいかなかった。 「みんな、やめて!この人の邪魔をしないで!」 「アンジュ!?どうして…」 「そいつに従ったら、アンジュ姉ちゃん死んでまうんやで!?」 武器を構えたルカたちに、丸腰で歩み寄るアンジュ。 必死の声で訴える彼女だが、ルカたちが聞き届けるわけもない。アルベールの破滅の望みと、アンジュの命。どちらが大事かなど分かりきっている。 「手ぶらで帰るもんかよ!絶対連れて帰るからな、アンジュ!」 「アンジュ アルベール、一緒に行く ダメ!」 「…お願いだよ、アンジュ。そこをどいてくれ」 感情を懸命に押し殺した声で、ルカが言う。アンジュはゆっくりと首を振った。 「ごめんね。できないの。…たとえ、あなたと戦おうとも!」 見慣れた短剣を抜き放ったアンジュが、アルベールを守るように立ち塞がった。 …初めに斬りかかったのは、どちらだっただろうか。 アンジュは仲間のはずなのに、私たちと…ルカたちと戦っている。 彼女だって嫌なはずだ。だって、今にも泣きそうな顔をしているんだから。 「オリフィエルとヒンメル…彼らのこと、なんとなく分かった気がする」 「ッ…!」 「私ね、アスラに言われたんだ。ヒンメルに会わせてくれるって」 だけど、それは実現しなかった。 そして"私"が何も訊かなかったから、アスラは何も言わなかった。 朗報しか伝えなかったアスラ。 その彼が救出すべきヒンメルの話題を避けたのなら…答えは、一つしかない。 「『救えなかった』んだね。ヒンメルのこと」 リカルドにイリア、コンウェイ、私。 後衛を狙ってきたアンジュの剣を、障壁を使って受け流していく。 「悔やんでるの?今も」 「っ…当たり前よ!わたしは…天上統一の瞬間、あの子を忘れてしまった!」 「…」 「あの子は、ヒンメルは待っていたのに!わたしは…」 アンジュの振るう剣先が、私の障壁を削る。 私の背後ではリカルドとコンウェイが闇の術を詠唱している…けど。できればそれがアンジュを襲う前に、説得(懐柔とも言う)を終わらせたかった。 「わたしは、裁かれなくてはならないのよ…!」 「……知らないよ、そんなの!アクアスパイクッ!」 「っ、キャッ!!」 水圧の塊を真正面から受け、アンジュが吹き飛ぶ。 下級術だ。威力は大したものじゃないし、ダメージだって大したものじゃない。 だけどアンジュは倒れこんで、短剣を手放してしまった。 「それ、オリフィエルの時の話しでしょ。アンジュは関係ない」 目を伏せるアンジュ。 彼女の前に立つ私に、続々と仲間たちが並んできた。 …横目で見れば、既にアルベールも膝をついている。前衛四人相手じゃ当然か。 「ウチ、アンジュ姉ちゃん大好きやから。死ぬなんて、イヤや」 「キュキュも!アンジュは、友達…!」 「俺との契約は続行中だ。不履行は御免だな」 次々に言葉をかけていく一同。 それを受けたアンジュがうつむき、かたく手を握り締め。 そして、ありがとう、と。消え入るような声で、言葉をつむいだ。 |