完璧に忘れていたが、リカルドは当初アンジュの誘拐依頼を受けていた。 そして今いるテノスの街こそが、その依頼人である転生者、アルベール・グランディオーザという人物の本拠地であるらしい。 アルベールとは、どんな人物か。 アンジュやルカとリカルドに尋ねてみたところ、こう答えられた。 「物腰が柔らかく、端麗な容姿をしていた。女に人気のありそうな優男だ。いかにも貴族然としていたが、一筋縄ではいかない雰囲気をまとっていたな」 その時は「ふぅん」だの「そうなんだぁ」などと気のない返事をしたが。 今この場所で…『神待ちの園』で会った瞬間、その説明の的確さを知った。 「なるほど…物腰柔らかいね」 「そこそこイケメンだな。オレには敵わねーけど」 「ヘンな帽子より モテそう」 「…けど、一筋縄では行かなさそうだね」 記憶の場に辿りついた直後、アルベールは現れた。 最初イリアとスパーダが誤魔化そうとしていたみたいだけど、相手も馬鹿じゃない。まるで演劇でも見るような顔で、慌てる彼らを眺めていた。 「ところで。リカルドさん」 祭壇の階段を降り、私たちと目線を合わせるアルベール。 その目は真剣そのものだ。 これ以上、イリアたちの"お遊び"に付き合うつもりは無いらしい。 「この中に『アンジュ・セレーナ』さんはいるのかな?」 「……」 その声音は、質問ではなく確認のそれだった。 彼はこの場にアンジュがいることも、アンジュが誰であるかも分かっている。 分かった上で、会話を引き伸ばして楽しんでいる。 …なんか根性悪そうだぞ、この人。これも前世の影響だろうか。 「はい。わたしがアンジュです……ヒンメル」 「!」 「ヒンメル…!?」 私たちの輪から抜け、アルベールに歩み寄ったアンジュ。 …ヒンメル。聞いたことのある名前だ。 確かラティオの天空神で…オリフィエルの弟子、だったっけ。 「会いたかったよ、オリフィエル。…僕と来てくれるね?」 「…」 「あ、アンジュ姉ちゃん!?」 私の位置から、アンジュの表情は見えない。 だけど彼女はうつむき、暫く黙り込んだ後…静かに頷いた。 そして誰の制止も聞かず、歩き出したアルベールの跡についていってしまう。 「セレーナ!俺との契約は、まだ…」 「リカルドさん。…もう、黙っていてもらえるかな」 アルベールが私たちを見下ろして一瞥し、背を向ける。 これ以上話す気はないようだ。 彼とアンジュが立ち去り、入れ替わるようにテノス兵が階段を下りてくる。 …黙っていてもらえるかな、って。永久にって意味か。 「アンジュ…どうして、」 「ルカ、悩むのは後にして。来るよ!」 「っ…」 銃や剣を構えるテノス兵。 数は多かったが、相手は一般人だ。戦闘自体はすぐに終わった。 …けれど。階段を登っても、周囲を見渡しても、アンジュの姿は既に無い。 「アンジュ姉ちゃん、どうして行ってしもたんや…」 「それは…あれでしょ。前世関係じゃないの、やっぱり」 「『ヒンメル』だっけ?」 ルカが後ろを窺ってくる。 とりあえず肯いてから、考えた。ヒンメルの話は、何度か聞いたことがある。 「ヒンメルは、ラティオの天空神だよね」 「カグヤ、知ってんのか?」 「アスラに教えてもらったの。オリフィエルの愛弟子だって」 …そうだ。アスラに教えてもらった。 オリフィエルはラティオからセンサスに亡命してからも、ずっと愛弟子を気にかけていると。天上統一の暁には、その愛弟子を助け出すのだと。 だけど、私はヒンメルに会ったことがない。 救い出した時にはクシナダにも会わせると約束していたにも関わらず、だ。 ……と、なると…どうなるのかな? 「だああ!細けェことはいいだろ、この際よ!」 沈黙を破り、スパーダが叫ぶ。 「前世に何があったにしろ、アンジュが黙ってオレら置いてくなんざありえねぇだろ!さっさとあのスカシ野郎追っかけて、取り返すぞ!」 「…そうやな!ウチ、アンジュ姉ちゃん大好きやもん」 息巻くスパーダとエルマーナに同意する。 …そうだね。細かいことなんて、とりあえずはどうでもいい。 今はとにかく、アンジュを追いかけて真意を訊くことが大切だろう。 「アンジュ 追いかけるか?」 「なら、行き先はテノスの街だろうね。戻ろうか」 前世関係ない組、もとい自称部外者の二人が口を挟む。 コンウェイとキュキュ。この二人は、どの状況においても冷静だ。 前まではその言動を『不快』と感じたけれど…今は、まったく感じない。 そういうものかぁ、と。受け入れられている。 「…ねー、キュキュ」 「?はい」 神待ちの園を逆走しながら、前を歩いていたキュキュに歩み寄る。 「私たちって、友達?」 「もちろん。キュキュ、カグヤ ともだち!」 「…コンウェイと私たちも、友達?」 「………」 キュキュが黙った。 子どものように無邪気だった笑顔が、スッと真顔に戻る。 そして暫く…50メートルほど歩き終わる程度、黙り込み。 唐突にまた笑みを浮かべて、深々と肯いた。 「はい。コンウェイ、友達!」 「…本当、仲悪いんだね。コンウェイとキュキュ」 「…」 キュキュの笑顔は崩れなかったが、返事はなかった。 …雪合戦の時といい、今といい。 どうも彼女たちの間には、私の知らない色んな事情がありそうである。 |