マムートに来るのは初めてだけど、ここまで活気があるとは思わなかった。 「うわぁ、すごーい!いい匂いじゃん!」 「アンジュ姉ちゃん、アンジュ姉ちゃん!あっち、うまそうなもん売っとるで!」 「あら本当!でもエル、あっちの店もいい感じよ?」 「キュキュ、おなかすいたー!」 商店街につくや否や、女性陣の目が一斉に輝く。 自由行動にしようというルカの声に、彼女たちは全力で頷いていた。 「じゃあ…ルカさん?ちょっとジャンプして。ここで」 「えっ?」 「いいから。はい!」 有無を言わせぬ語調のイリア。ルカが躊躇いながらもジャンプすると、彼の懐がじゃらりと音を立てた。小銭の音だ。イリアの口元が笑みに歪む。 「よっし!じゃあ行くわよ、ルカ!」 「えええ〜っ!?」 ……すげー。 ずるずると引き摺られていくルカを呆然と見守り、視線を正面に戻す。 と、アンジュに詰め寄られてジャンプさせられているスパーダが目に入った。ほ、本当に容赦ないな。あの人本当に聖女なのか…? 「…うん、じゃあ行きましょうか。スパーダくん、カグヤ」 「へ?…わ、私も行くの?」 項垂れるスパーダの背を押しながら、アンジュが私の腕を取る。 思わぬ展開だ。私はこれから、一人で買い物しようと思っていたのに。 「私はいいよ。買いたいものあるし」 「どうせ帽子でしょ?いらないわよ、そんなもの」 …見破られていた。なんてこった。 「それより、髪飾りを選びましょう。短い前髪に似合う、可愛いのを」 「……」 「…仕方ねーなぁ。カグヤ、行くぞ。いいのあったら奢ってやっから」 「ッうぎゃ!」 スパーダに背中を押され、アンジュに引き摺られる。 …凄まじい力だ。全然抵抗できない!本当にこの人聖女なのか!? 「ちょっ…嫌だ!行かない!だ、誰か助け…!」 「アンジュ姉ちゃーん!頑張ってぇなー!」 「がんばれー、アンジュ!」 「観念するんだな、カグヤ」 「楽しんできてね」 なんという四面楚歌。 リカルドと、その左右を固めたエルマーナとキュキュ、早速手近なベンチで本を開くコンウェイに見捨てられ、アンジュとスパーダに商店街へ連行される。 …ちなみに、抵抗は途中で諦めた。今はちゃんと自分の足で歩いている。 「別に顔を出すのが嫌なんじゃないの」 アクセサリーの露店を眺めるアンジュに、背後から話しかける。 彼女は振り返らなかったが、スパーダは振り返ってきた。 「今まで隠してたから、その…必要以上に見られてる気がして…」 「…まあ、実際結構見られてるしな」 「ぶっちゃけ恥ずかしい。死にたい。…というか殺したい」 「誰をだよ!?」 もちろんマティウス…だけど、言わないでおこう。 誤魔化すためにへらへらと笑って見せると、スパーダは顔を引き攣らせた。 どうやら上手い具合に勘違いしてくれたみたいだ。 「カグヤ。ちょっとこれ、つけてみてくれる?」 「…はーい」 今までになくアンジュの勢いが強い。 この状態では、とても抜け出して帽子を購入するなぞ不可能だろう。 …仮に買えたとしても、燃やされそうな気すらしてくる。 「あら、可愛い!」 手渡された髪飾り(というか、形状はヘッドドレスに近い)を不承不承装着した私に、アンジュが嬉しそうな声をあげた。楽しそうだなあ。 露店の主人が寄越してくれた鏡を覗き込む。…でかすぎるだろ、これ。 「…もう少しシンプルなのがいいな。戦う時に邪魔だし」 「そう?…そうねー、じゃあ…」 アンジュがヘッドドレスを元に戻すと同時に、頭に鈍い衝撃があった。 鏡から目を離し、背後を見上げる。 そこのは案の定、やたらと笑顔なスパーダが立っていた。 両手を私の頭にあてていて、カチューシャ的なものを填めて来たよう…で… 「……スパーダ」 「うん?」 鏡を覗き込み、硬直する。 スパーダとアンジュが笑いをかみ殺しているのは、見なくても分かった。 「エクスプロー…!」 「うわあああっ!待て待て待て!冗談だろ、冗談!!」 私の頭から『猫耳カチューシャ』をひったくり、スパーダが慌てる。 …怒られるの分かってるんだから、やらなきゃいいのに。 しかし勿論天術を発動させるつもりはなかったので、代わりに溜息をついた。 「本命はこっち。…どーだ、アンジュ?」 「まあ、素敵!スパーダくん、意外とセンスいいのね」 「"意外と"は余計だっつの!」 「…カグヤ、ちょっと頭下げて。つけてあげるわ」 もうどうにでもして欲しい。 アンジュの声に従って、触れられたほうの頭を傾けた。 彼女の手が髪から離れてから、再び鏡を覗き込む。 ……本当だ。シンプルで可愛い。スパーダ意外とセンスいいな。 「だから"意外と"はいらねーって!…で?気にいったのか?」 「可愛いとは思う…けど」 「けど?」 「必要性はイマイチ分からん」 「かわいくねーこと言うなよ…まあ、気に入ったってことでいいかぁ」 呆れ顔のスパーダが、露店の主人に代金を支払う。 …本当に奢らせてしまった。口を挟もうとしたものの、アンジュに止められる。 「あ、そうだオッサン。ついでに猫耳も頼む」 「…それ、買うのはいいけど。私はもう着けないからね」 立ち上がったスパーダが、心外そうな顔をして仰け反った。 馬鹿か、こいつは。着けるわけないだろう。 スパーダはすぐアンジュに視線を走らせたものの、笑顔で黙らされていた。 「まあ、猫耳はともかく。ありがとね、スパーダ」 「おうよ。気にすんな」 「じゃあ次は食べ歩きしましょうか。スパーダくん、お願いね」 「!?」 微笑むアンジュ。驚愕するスパーダ。 その対比があまりに面白くて、思わず吹きだしてしまった。 「とりあえず甘いものかなあ。最近はたくさん動いてたし、ちょっとくらい…」 「アンジュ…それ死亡フラ」 「何か言った?カグヤ」 「い、いいえ!何も言ってません!」 |