戦艦は、見知らぬ集落の港に止まっていた。
『グリゴリの里』…だっけ。
その名の通りなら、きっと住人は全てグリゴリなのだろう。

「…?おかしいな、誰もいない」

里は簡易ではあったが、街の格好はしていた。
なのに、いくら街道を歩いても誰もいない。声すら聞こえない。
まるで死んでしまったようだ。まだ夕方なのに、流石に変じゃなかろうか。

「ルカたちは一体どこに、」

立ち止まり、独り言を呟いた時。
ヘタすれば里全体に響きかねないほど大きな銃声が、鼓膜を震わした。
……この音。リカルドのライフルかもしれない。

慌てて音の出所へと向かうと、思った通りにリカルドがいた。
ライフルを構え、慌しく走っている。
彼の前には数名のグリゴリが先導していて、何やらぐったりとしたルカたちを担いでいた。…見たところ、脱走作戦の真っ最中のようだ。

「無茶するなあ。らしくもない」

リカルド達を追うのはグリゴリの集団だ。
確実にリカルドは天術が使えないだろうし、かなり強引な作戦と言える。
途中で救援が…私が来なかったら、どうする気だったんだよ。

「お待たせー、リカルド!グランドダッシャー!!」

急いでリカルドと、追撃するグリゴリの間に入り込む。
久々に放った上級術は、敵を容赦なく飲み込んだ。
我ながら凄い威力だ。手加減はしたけれど、何人か死んだかもしれない。

「!カグヤ…お前、」
「しんがりは任せてよ。ルカたち、船に運ぶんでしょ?」

前髪が無いから、リカルドの顔がよく見える。
彼は未だに驚いているようだったが、即座に頷き、走り始めてくれた。
私もその後に続く。
追撃部隊は、天術を扱う私に驚きつつも追いかけてきたが…普通に弱かった。集団でいるものだから、上級術の一、二発でまとめて吹っ飛んでくれる。

眠る仲間全員と、リカルドと、私。
全員まとめて船に乗り込むのは、さほど難しいことではなかった。

「追っ手は全員沈黙させたから、暫くは大丈夫だと思う」
「…そうか」

仲間たちを甲板に転がしたリカルドは、現在操縦席にいる。
私は船室の入り口付近に立ったまま、彼の作業をぼんやりと見守った。

「すまなかったな、カグヤ。俺は…」
「!ちょっと待って。理由とか言い分とかは、後で皆と聞くよ」

同じ話を二度させるつもりはないから、と続ける。
リカルドは珍しく沈痛な顔をして、そうか、と目を逸らした。

「だから、さ。皆が起きるまでは私に喋らせて欲しいな」
「…」
「リカルド。私とマティウスとの話、立ち聞きしてたでしょ」

リカルドは何も言わなかった。
けれど否定はしなかったから、イエスの意で良いのだろう。
私は浅く溜息をついて、「どこから聞いてたの」と尋ねてみた。
……私が怒ってるわけじゃないことは、今の声音で分かってもらえただろう。

「お前が天上の生き残りだ、という件からだな」

…じゃあ、マティウスの正体の話は聞かれなかったわけか。よかった。

「カグヤ…いや、クシナダと呼んだほうがいいのか?」
「…ううん、カグヤでいい。結構この名前、気に入ってるんだ」

冗談めかしながら言い、軽い調子で笑ってみせる。
リカルドは慮るような機嫌を伺うような、そんな複雑そうな目で見上げてきたが、私の心境は至ってシンプルだった。むしろ清々しいほどだ。

「そんなに神妙な顔しないで。別に隠してたワケじゃないんだから」
「…」
「知られずに終わらせたい、とは思ってたけどね」

リカルドのすぐ隣にあった椅子に、腰を下ろす。
彼はへらへらと笑う私に何を言ったものかと迷っているようだったが、すぐに『気遣いは無用だ』と悟ってくれたらしい。深く息をついて、頭を抱えていた。

「でも、もういいの。正体知られたし、全部喋っちゃいたい」
「…いいのか?俺が最初に聞いても」
「いーよ、いーよ。喋る前から知ってるっぽい奴いるし」
「?」

言うまでもなくコンウェイのことだ。
彼も甲板に転がしたけど…キュキュ諸共、本当に寝てたのか、かなり怪しい。

「って言っても、大した話じゃないんだけどね。
 天上崩壊の時に籠ごと地上に落っこちて、今まで生き残ってるってだけ」

リカルドが顔を顰め、どのくらいかと訊いてきた。
数えてないよ、そんなの。だって何千年単位の話だからね。

「あの籠、思ってたよりずっと頑丈だったみたい。地上に落ちてバラバラになっちゃったけど、中に入ってた私は生きてたんだもん」
「それは…相当だな。無傷だったのか?」

まさか、と叫んで仰け反った。
天空城が標高何メートルにあったか知らないが、流石に無傷なんてありえない。

「瀕死だったよ。まさに虫の息って感じ。気を抜いたら即死の状態」
「…」
「でも死にたくなかった。天上崩壊の理由を、どうしても知りたくて」

完璧に意地だった。
幸いバラバラになった『籠』を人間たちが『祠』にリメイクしてくれたから、信仰心をかき集めて傷を癒すことが出来たけれど。
それでも、ここまで回復するには莫大な時間がかかった。

「祠…?まさか、アシハラにあったモノか?」
「正解。…豊穣の祠、だっけ?あはは、笑っちゃうよねぇ」

アシハラは私の落下地点だ。
そして、私が何千年もの間過ごした場所でもある。
俗に言う"トラウマ"があるから、早々に立ち去りたかったんだよね。あの国。

「本当、さ。辛かったよ。寂しかったし。地獄みたいだった」
「…」
「でも思い出があったから。アスラやヴリトラとの、優しい思い出。死にたくなるたびに思い出して、耐えて…それでね。やっと報われた、って思ってる」

船室の壁に目を向ける。
…この向こうには、ルカがいる。エルマーナがいる。
何千年も私を支えてくれた人の、生まれ変わった新しい姿が在る。

「現世と前世は違うよ。あの子たちと、アスラたちは違う。
 だけどさ…理屈じゃないの。私はあの子たちが、自分自身より大事なの」

あの子たちのためなら、きっとなんだって出来る。
勿論、前世云々を抜きにしたってルカたちのことは大好きだ。
守りたいと思ってる。大切だって思ってる。
だけどその想いの根本に、"前世"が在ることを…否定することは出来ない。

「私の目的は、『天上界崩壊の真相を突き止める』こと。それと同時に、『あの子たちを見届ける』こと。…この二つを終わらせたら、きっと私は、」

…最後まで言い切ることは、出来なかった。

「…ええと、リカルド?あの…」
「もういい」
「…」
「もう分かった。だから、もういい」

まるでアンジュのように私を抱きしめて、リカルドは言う。
ぽんぽんと、優しく背中を叩かれた。子どもをあやすような手つきだ。

「親に甘えるのはガキの特権だが…お前には親がいない。俺で我慢しろ」
「…私、ガキじゃないよ」

きっと、今の地上で一番年上のはずだ。
リカルドとなんか比べ物にならない。…ならない、けど。

「いいや、ガキだ。だから黙って甘えてこい」

…リカルドは私を泣かしたいんだろうか。ちくしょう、そうは行くか。

「……これは、涙じゃないからね」
「ああ」
「鼻水なんだから。目から出てるけど、鼻水なんだから…」
「ああ。…俺のコートで拭くな」
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