楽しげに店を回る女性陣をぼんやりと眺め、深々と溜息をついた。

「暑い」
「同感だね」
「暑いっていうか、日焼けが嫌。陽光が痛い」
「それも同感」

木陰で項垂れながら、隣に座って読書に勤しむコンウェイと会話する。
…会話といっても、お互いの顔見てないんだけど。独り言の応酬だけど。

「……」

仲間たちの楽しげな声を聞きながら、空を仰いだ。
綺麗な青空だ。雲ひとつない。陽光は忌々しいが、嫌いではなかった。
……少し前までは、見ることすら叶わなかったものだから。

「ねえ、カグヤさん。前々から訊きたかったことがあるんだけど」
「?…何、いきなり」

コンウェイの声で、呆けていた頭が覚醒する。
隣に振り向いてみると、彼の持っている本は既に閉じられていた。
まっすぐに向けられる真摯な目に、なんだか面食らってしまう。

「君さ。今、幸せ?」

…返答に窮した、というか。何を言われたのか分からなかった。

「…どういう意味か、聞いてもいい?」
「そのままの意味だよ。君は今生きていて、幸せ?」
「……」

どうやら真剣に聞かれているらしい。
私を見るコンウェイの顔は、真面目そのものだった。
……となると。私も真剣に応えないといけないのかな。

納得のいく表現。言葉。それらを少し考えた後、口を開く。

「私は、」
「カグヤ姉ちゃーん!コンウェイのおっちゃーん!そろそろ時間やでー!!」

…実に見事なタイミングで邪魔をされた。

「何やのん、二人揃って暗いトコにおって!勿体ないやろー?」
「…いいんだよ、ボクは。エルマーナ、楽しかった?」
「そらもう!」

嬉しそうに笑うエルマーナと、立ち上がるコンウェイ。
話はここまでのようだ。
私も立ち上がって、エルマーナの差し出してきた右手を握る。
そして彼女と手を繋いだままルカたちと合流し、全員で港へ向かった。

「…え?」

港を目前にした頃、先頭を歩いていたイリアが立ち止まった。
必然的に、後ろを歩いていた私たちも立ち止まる。
…港の奥からは、武装した教団員たちがこちらへ向かってきていた。

「動くな!全員連行する!」

教団員たちは瞬時に私たちを取り囲んで、銃を突きつけてきた。
居場所がバレていたらしい。
スパーダやキュキュが抵抗を試みたものの、それは叶わなかった。

「…みんな、大人しくしろ。抵抗はしないほうがいい」
「!!」

超至近距離から銃口を向けてきた、リカルドに阻まれて。

「…うっそーん。おっちゃん、最低やあ」
「リカルド、てめえ…裏切りやがったな!覚えてろよ…」

エルマーナが私の手を握りながら、絶望したような声を出す。
スパーダとイリアは容赦なかった。裏切り者と口々にリカルドを詰る。
ルカとアンジュは比較的冷静で、罵詈雑言を吐くことはなかった。
…コンウェイとキュキュは、揃って無口無表情なのでよく分からない。

「理由くらい聞かせてよ。リカルド」
「…ガードルという男は、俺の兄だった。前世の話だがな」
「ガードル…!」
「兄…死神タナトス?あのラティオを追放された…」

前世の記憶を手繰りながら、アンジュが呟く。
…ガードル。ナーオス軍事基地で出会った、あの赤目の男。
彼の前世が、『ラティオを追放された』?…なら、やっぱり彼は…

「これはこれは、転生者ども。中には久しい顔もいるな」
「!」

砂利を踏む音とともに、港から仮面の女が現れる。
…どうやら彼女が"マティウス"らしい。教団員のぼそぼそ声が聞こえた。

「マティウス!やっぱりアンタが糸を引いてたのね!」
「糸を引く、だと?人聞きの悪い。自分の立場が分かっていないようだな?貴様らは適応法による逮捕拘禁に逃げ出した上、我らの愛する兄弟まで傷つけ、転生者の風評を著しく低下させた…これは重罪だ」

罪状を淡々と述べ上げたマティウスは、手にした杖をゆっくりと持ち上げた。

「貴様らは、グリゴリの里での幽閉処分に処す。…さあ、連れていけ!」

指示を受けて動いたのは、教団員ではなくグリゴリだった。
天術の封印をアピールしているのだろう。
ルカから順番に武器を取り上げ、背の後ろで両手を縛り、尻を蹴るような勢いで戦艦へと連行していった。…立ち位置的に、私が最後らしい。

両手首を縄で縛られながら、背後を窺い見る。

「私を連れてくのは貴方なんだぁ。リカルド先生」
「…」

折角嫌味っぽい声を出したのに、眉ひとつ動かして貰えなかった。
アテが外れた、というか。ちょっとむなしい気分になる。
とりあえず溜息をついて、前を行くキュキュについて行こうと足を踏み出したのだが…リカルドに肩を掴まれ、止められてしまった。

「お前は別口だそうだ。カグヤ」
「…は?」
「マティウスが話をしたいらしい。…こっちだ」

リカルドに背中を抑えられながら、ルカたちとは別の入り口から船に乗る。
…なんだこれ。どういう展開だ、これ。
廊下は無人だった。リカルドは時折地図を確認しながら、どこぞの部屋へと私を連れていくらしい。重たい沈黙が肩にのしかかり、居心地が悪かった。

「…あのさ、リカルド」

仕方が無いので一人で喋ることにした。
リカルドは返事をしてくれないが、元々期待していないから構わない。

「前世の縁とか、私あんまり分からないけど…縛られすぎないでね」
「…」
「私はヒュプノス知らないから。リカルドしか知らないから。だから…」

最後まで言い切るより早く、リカルドが立ち止まった。
目の前には一枚の扉。
この先にマティウスがいるらしい。…なんとなく、気配も感じる。

「ここだ。入れ」
「…」
「…くれぐれも気をつけろよ、カグヤ」

私を扉の前に置いて、リカルドがコートを翻す。
…立ち去る直前に、『必ず助ける』という声を残されたような気がした。
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