「何か思い出したみたいだね」 二匹の犬とともに、小枝を踏みながら現れた少年が、ルカたちに言う。 …えーと、名前なんだっけ。ジャングルで会った変な老人が言ってたよな。 「ああ、自分。犬男って名前ちゃうかってんなあ。えっとぉ…」 「ボクはシアンだって言ってるだろ!変な名前つけんなっ!」 シアン、か。そういえば、そんな名前だった。うん。 「シアンくんね。こっちいらっしゃい。抱っこしてあげる」 「え…?」 「そうそう。ウチらと友達になろうやぁ」 アンジュとエルマーナの申し出が余程予想外だったのだろう。 シアンは目を白黒とさせて、言葉を詰まらせていた。 「ねえ、シアン。マティウスなんかに協力しちゃダメだよ」 「お前いいように利用されてんだよ。絶対」 ジャングルで会った変な老人(こちらも名前が思い出せない)に聞いたシアンの過去は壮絶だった。今まで会った転生者の中でもダントツに不幸だと思えるくらいに。…だから多分、親切に慣れていないんじゃないだろうか。 だからマティウスの仮初の優しさに騙されてしまった…とか。ありえそう。 「うるさい!マティウス様は素晴らしい人だ!生まれながらに不幸な転生者、人間の都合で不幸になる動物たち。それら全てを救う、新しい世界を…理想郷を創ってくださるんだ!」 エルマーナの言葉を振り切るように叫び、シアンが犬へ呼びかける。 どうも戦う気のようだ。 ……本当にアタマ弱そうだな、この子。悪い奴じゃなさそうなのに。 「創世力について教えないなら、無理やり聞き出す!行くぞ!」 シアンの声に呼応し、犬が吠える。 アンジュがびくりと体を震わせたのが気になったけど…まあいいか。 「食らえっ!」 「!カグヤ、あぶない!」 鍾乳洞でのことを根に持っているのだろうか。 シアンはまっすぐに私へと向かってきては、人間離れした速さで殴りかかってきた。咄嗟にキュキュが庇ってくれたものの…結構危なかったかも。今の。 「今度こそ負けないからな、クシナダっ!」 「前は君が逃げたんでしょ?戦ってないじゃない」 「うるさ…っうわ!」 キュキュ一人を相手取っていたシアンに、エルマーナが蹴り込んできた。 犬はそれぞれルカとスパーダが対応しているようだ。 …その犬が怖いらしく、時折アンジュの悲鳴が聞こえてくる。 「意地張らんでエエやん。こっち来いや、みんなええ人やで」 「ッだ、騙されるか!この世界に、転生者が生きる場所なんか無いんだ!」 「…」 「ボクを分かってくれるのはマティウス様だけだ…お前らなんかっ!」 泣きそうな顔で叫ぶシアンを、天術で吹き飛ばす。 エルマーナとキュキュの与えたダメージも相当だったらしく、地面を転がったシアンは思うように立ち上がれないようだった。…勝負は決した。 ……でも、嫌だな。殺したわけじゃないけど、後味が悪い。 「どうして邪魔をするんだよ…ボクには理想郷が必要なのに…」 ふらふらと立ち上がったシアンを、傷ついた犬たちが心配している。 私たちはルカの元に集まって一丸となり、その様子を見据えていた。 「そんなことあらへん。…ほら、アンジュ姉ちゃんに抱っこしてもらい?おっぱい大きいで?」 「エル!…む、胸はともかく。いらっしゃい、仲良くしましょ」 「馬鹿なガキには保護者が必要だ。来い」 リカルドまでもが口を挟んだ。珍しい。 シアンは戸惑っていた。もう少しキッカケがあれば仲良くなれるかもしれないけど…今はダメだったようだ。マティウスを慕いすぎていて、排他的すぎる。彼はエルやアンジュには答えないまま、逃げるように走り去ってしまった。 「……」 「…エル、気を落とさないで。絶対にまた会えるよ」 「うん…」 シアンの去った方向を見つめるエルマーナは、拳を握り締めていた。 「…それで?今回の"記憶の場"は何が見えたの?」 「創世力の使い方…かな。アスラとオリフィエルが話してた」 浮かない顔のルカが答えてくれる。 イリアたちとの会話を拾ったところ、創世力の在処の手がかりにはならなかったようだ。…となると、次の目的地に期待ーってことなのかな。 「とりあえず、戻りましょ。目ぼしいものも無いし」 イリアの提案に従い、ガルポスの街へ戻る。 途中、コーダが真紫のキノコを差し出してきたので、全力で投擲しておいた。 …食える色じゃなかったぞ、あれ。全然学習してないじゃないか。 「次はテノスだっけ。やっぱり船で行くの?」 「いや、今の戦況で直接乗り込むのはまずい。マムートから陸路になるだろう」 街の白い砂を踏みながら、リカルドの話を聞く。 マムートもテノスも行ったことないから、少しだけ楽しみだ。 「ふぅん…じゃあマムートの港に行くわけか」 「でも、船があるから出航時刻は気にしなくていいわね。少し休憩しない?」 朗らかに微笑むアンジュに、エルとキュキュが賛成した。 お前らはフルーツが食べたいだけだろうと突っ込める猛者は、ここにはいない。 全員が黙って頷いて、つかの間の自由時間に同意した。 |