常夏の島、とでもいうのだろうか。
初めてきたガルポスの国は温かい…というより、ぶっちゃけ暑い。

「私、この国ダメかも」
「同感だな」
「いきなり何言うねん、二人とも!めっさエエとこやん?」

片手で顔を扇ぐ私と、『平和ボケしている』と舌打ちするリカルド。
エルマーナはそんな私たちを信じられないものでも見るように見上げ、隣に立つキュキュと顔を見合わせていた。…この二人、やたら仲いいなあ。

「ウチ、もう我慢でけへん!トロピカルなフルーツめっちゃ買うたる!」
「コーダも行くんだな、しかし!」
「キュキュも行くんだなー、しかしー!」

信仰の話など、あの三人は聴く気すらないようだ。
楽しげに騒ぎながら走り去る後姿を眺め、残された面々が苦笑する。

「仕方ないわねー。だけど折角だし、わたしたちも頂きましょうか」
「さ、さすがアンジュ…ハハ」
「ルカくん、笑顔が引き攣ってるよ」

アンジュも食欲旺盛よねえ、とイリアが呟く。
その後何かを続けようとしたらしいが、アンジュに一瞥されて止めていた。
…彼女はレグヌムで学んだらしい。『口は災いの元』、だ。

「でも、そうね。私も食べてみたいかも」
「じゃあ買いに行ってみよう。…エルたち、心配だし」

足早に行くルカに続くと、エルマーナたちはすぐに見つかった。
…雑貨屋の主人と言い争っているようだ。
どうやらフルーツを売ってもらえなくてご立腹らしい。頬を膨らませるエルやキュキュは可愛らしかったものの、商人の態度は頑なだった。

「北のジャングルから、犬を連れたガキが来て果樹園を荒らすのさ。
 お蔭で収穫は半分以下…俺たちだって、ノルマに届かせるのに必死なんだ」

……犬を連れたガキ?

「…それって、あの。黒い犬二匹と、褐色の肌で赤目の男の子だったり…」

私の質問に、商人の男性は何で知ってるんだと目を瞬かせた。


*


「ハア、暑い…僕の服じゃあ汗だくだよ」

場所は変わって、ガルポスジャングル。
信仰深い場所を聞き込んだ結果、奇しくも『犬男(仮)』の住処だというこのジャングルが挙がってきた。出くわしたら面倒だが、聞きたいこともあるとのことで、その日のうちに出発し……全力で後悔中である。

「わ…私、火山よりこっちの暑さが嫌だ…」
「…ねえリカルド、暑くないの?」
「戦場では厚手のほうが都合がいい。防弾を兼ねるからな。…ただし、暑いのと重いのと臭いのを我慢すればの話だが」

それが我慢ならんって話をしてるのに。
大真面目な顔で言うリカルドに、私とルカは肩を落とした。

「コンウェイは大丈夫なの?その服、すごく暑そうなんだけど…」
「ボク?ふふ…平気だよ。こう見えて、ボクの服は薄手なんだ…ふふふ」
「?」

あれ。この人、なんで笑ってんの?
リカルドとルカ、三人で首を傾げていると、コンウェイの足元からコーダが顔を出した。
何故か、とても毒々しいまだら模様のキノコを抱えている。

「ぬふふ…このキノコ、うまいんだな。アンジュにもやるぞ、しかし。ぬふ」
「そ、そう…だね。ふふふ、味はよかったよ。味はね。ふふ」
「…そうなのか?しかし、セレーナにやる前に俺に寄越せ。毒見をする」

笑う二人を意に介さず、リカルドがコーダからキノコを受け取る。
そしてルカの制止も聞かないでキノコを齧ったリカルドは、暫く咀嚼したのち…「うまい」との一言を残して、不気味な笑い声を出し始めた。

「…あっ、思い出した!それ毒キノコだよ、ワライダケ!」
「ええええっ!ちょ、思い出すの遅いっ!もう被害者が三人も…」
「ご、ごめん…でも毒性は弱いから大丈夫だよ」

たぶん。と消え入るような声で、ルカが継ぐ。
あ、頭が痛くなってきた…!なんなんだ、この悪夢のような光け、むぐ。

「あああっ、カグヤ!コーダ、こらっ!」
「何故怒るんだー?ぬふ。コーダは、うまいものを分けただけ…ぬふふ」

いつの間にか私の肩に乗っていたコーダを、ルカが奪い取って叱る。
口の中へねじ込まれたキノコは既に無い。
…しかしおいしいのは確かだった。特有の臭みも薄いし、食感も悪くない。毒さえなければスープにでもして食べたいところ、なんだけど…うん。

「ふふ…はは、あははは!本当だ、笑い止まらな…あはははは!」
「でも、ふふ…おいしかった、でしょ?ふふふ…」
「しかし、くく…毒見して、正解だった、な…くくくくく…!」
「当然なんだな、しかし…ぬふっ。コーダの目に、狂いは…ぬふふふふふ」

「うわああああん!あ、アンジュ!アンジュー!!」

あまりに不気味な光景に耐え切れなくなったルカが、泣きながら走り去る。
彼がアンジュや他の面々を連れて戻ってくるのにそう時間はかからなかった。

「うわぁ…」
「コーダとカグヤはともかく…オッサン二人は悲劇だな」

げんなりと肩を落とすスパーダに、コンウェイがおっさんじゃないと食いついたものの、笑い続けているために迫力も凄みもあったもんじゃない。
その滑稽な姿に普段のスパーダなら笑い転げるのだろうが、今だけは違った。
ただ静かに、哀れむ目を向けてくるだけだ。

「でも、うまかったんだなーしかし。ぬふっ」
「…そうなの?じゃあ笑い転げるの覚悟で、食べてみるのも悪くな…」
「やややめときなさいよアンジュ!あんたまで笑ってたら、あたし…!!」

この暑苦しいジャングルで身震いするイリア。
…ちなみにこのやり取りの間も、毒キノコを食した面々は笑い続けている。
いい加減笑いすぎてお腹が苦しくなってきたんだけど…これ、本当にいつ終わるんだ?

「向こう、光 見つけた。リカルド、カグヤ。平気か?」
「えっ?ちょ、ふふ…このまま行く、のっ?」
「……早く行こうか」
「ルカくんが一周回って辛辣に…!?」

戸惑う面々を置き去りに、ルカが記憶の場へ足を踏み入れる。
いつも通り、周囲を包む光。
そしていつも通り硬直した面々をよそに、私は笑いを懸命に堪えた。

「うう、止まらない…ふふふ…どうしよう。はは…」
「…カグヤ。術、かけたらどうか?」
「ッそれだ!」
「ごめん、カグヤさん。ふふ、ボクにもお願…ふふふ」
「ぬふ…コーダも、疲れ…たんだな。ぬふぬふ」

笑い続ける私とコンウェイ。
リカルドの笑いは止まっていたが、きっと今だけだろう。
私はコンウェイとコーダを引き摺ってリカルドの隣に立ち、詠唱した。
……笑いながらって、ハードル高ぇ。

「り…リキュペレート!」

術の発動は、ルカたちの硬直が解けたのとほぼ同時だった。

「…どう?」
「!…止まってるみたいだね」
「ハァ…腹がイタイんだな、しかし…」

いかにも被害者然としているコーダの額を、指先で跳ね飛ばした。
…これくらいは許してほしい。笑い続けるのも、ルカに冷たくあしらわれるのも、本当に辛かったんだから。特に後者。特に後者!
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