チトセの主張は一貫していた。 ルカを教団に連れていきたい。それ以外のことはどうでもいい。 ……違うな。ルカを、じゃない。アスラを、だ。 「どうして邪魔をするのよッ!!」 剣を振るいながら、血を吐くような叫びをあげるチトセ。 私は彼女の攻撃を障壁で受け止め、弾き飛ばす。 …けれど着地も回避も攻撃も、全ての動きに隙がない。美しい動きだ。 「どうしてなの、クシナダ?私たち、友達じゃない!」 「…ッ」 泣訴ではない。糾弾の声音だった。 まるでサクヤを裏切っているようで心が痛むけど、それじゃ駄目だ。 あの子はチトセ。サクヤじゃない。前世と現世は違う、切り離さないと。 「…私。君と友達になった覚えは無いんだけどな」 感情を押し殺しながら、それだけをやっと呟く。 …小さい声だけど、ちゃんと聞こえたらしい。チトセの表情が変貌する。 『うそつき』。 彼女の唇がそう動くのを、私は確かに見届けた。 「それはアンタのほうでしょ!…消えなさい、アブソリュート・ゼロ!!」 イリアの銃口から、壮烈な凍気が撃ち出される。 直撃だった。疲労もたまっていたのだろう、チトセは堪らず膝をつく。 「おい…もう懲りただろ。ルカは、マティウスのトコなんざ行かねえよ」 炎の強まった船室の中で、スパーダが剣を収める。 チトセは何も言わなかった。 剣を床に投げ出して拾う意志すら見せず、ただ項垂れているだけだ。 「そうよ!それで、アンタやマティウスなんかに創世力は渡さない。世界を滅ぼさせるなんて、絶対にさせないんだから!」 イリアの声で、チトセはやっと反応を見せた。 ゆっくりと立ち上がり、顔を上げる。恐ろしいほどに冷えた表情だった。 「フフ、やだ。何を言ってるの…?天上を滅ぼしたのはお前だろう。イナンナ」 「…」 「アスラ様…私は諦めないわ。この女に裏切られた"あの時"の苦しみを、また貴方に味わって欲しくないもの。…だから、また会いましょう。ふふ…」 意味ありげに微笑んだチトセが、煙玉を床へ叩きつける。 立ち込める白煙。 それは船室を燃やす黒煙と一緒になって、チトセの姿を掻き消してしまった。 「また会いましょう、か。本当にはた迷惑な子…」 「…とにかく、脱出するぞ。この船はもうじき海底に沈む」 リカルドに急かされ、小型船に乗り込む。 間一髪だった。 小型船がラヴェンデルから抜け、数十メートルを進んだ時。燃えさかる戦艦は、まるで吸い込まれるように海の底へと沈んでいってしまったのだ。 「あの中…まだいっぱいいたよね。人」 「本当、無茶苦茶だぜ。自分さえ良けりゃァどうでもいいってか…?」 沈む戦艦を眺めながら、スパーダが眉をひそめる。 操縦士リカルドによると、目的地はガルポスで変わらないらしい。 食料なんかも充分に詰まれているから、二日程度で着くだろうとのことだ。 「しっかもまたイリアにテキトー吹き込みやがって。今度ばかりはスルーしてるっぽいけど…やっぱ気になるよなぁ」 「なんか気苦労耐えてないね、スパーダ。大丈夫?」 ルカのこと。イリアのこと。ハスタのこと。 そりゃあ勿論当事者が一番疲れてるんだろうが…スパーダも大変だと思う。 ……すぐ調子乗られるから、イマイチ心配する気になれないんだけど。 「お?なんだよカグヤ、オレの心配してくれるわけ?」 「…ほーらね。これだよ」 「?」 訝しげに首を傾げるスパーダ。 私は浅く溜息をついて、ひらひらと手を振りながら船室へと戻った。 後ろからなんか聞こえるけど、無視だ。無視。 心配して損した。 「…私は寝る。疲れた。眠ります」 「キュキュも寝るー!」 「!?」 ベッドに突っ伏した私の隣にキュキュが飛び込んできた。 かと思えば、正面から思い切り抱きしめられる。完璧に抱き枕だ。 …備え付けベッドは、シングルにしては大きいから狭くはない。けど。 「し、死ぬ…ッ胸で…胸に、殺され…!!」 「カグヤ?あれ。どして白目むいてるか?カグヤー?」 「…」 …………それから翌朝までの記憶は、一切無い。 |