キュキュを加えた九人で、ガルポス行きの船に飛び乗った。 ガラムではめぼしい情報を得られなかったから、次に期待しよう…そう話がまとまりかけたのだが。私たちの前に、障害は付き物のようだ。 ……というより、憑き物のようだ。 「ああああッ、もう!ムッカつく〜あの女!!」 戦艦ラヴェンデル。 ガルポス行きの船を襲撃してきたチトセが、私たちを押し込んだ船は、そういった名前らしい。…果てしなくどうでもいいことだけれども。 「なぁ〜にが『あなたたちにも使い道はあるんだから』よ! 腹立つー!絶対アタマおかしいわよ!あの根暗の性悪女!」 「…イリア。ちょっと抑えよう。気持ちは分かるけど」 狭い鉄格子の中で、イリアが忙しなく動き回る。うるさいんだけど…不思議なことに、イリアを見ていると自分の怒りが収まっていくので有難くもあった。 「サクヤ…本当、変な方向に吹っ切れちゃったんだなあ…」 「!そっか。クシナダさんは、彼女の前世のサクヤさんとは仲良しだったのね」 大人しく坐ったまま、アンジュが見つめてくる。 私は曖昧に頷き、溜息をついた。過去のサクヤと現在のチトセを思うと、どうしても溜息は抑えられない。…だってさあ、結構ダメージ大きいんだもの。 「まともに話ができれば懐柔できそうなのに。だってあの子…」 「なんや。カグヤ姉ちゃん、同情しとるん?」 「……ううん」 心外そうに言うエルマーナに、躊躇なく首を振った。 「やっぱり駄目。これは卑怯すぎ。私、あの子嫌いだな」 「…そらまた、直球やなあ」 先刻のチトセを思い出して毒づく。 民間船を襲い、人質を取って脅迫してきたチトセ。 いくらマティウスの命令で、ルカを手に入れるためっていっても汚すぎ… ……あれ。 でも、待てよ。それって可怪しくないか? いくら教団の大主天に命じられても、アスラに…ルカに嫌われるような真似を、サクヤの転生者がするものなのか…? 「!あっ」 「?」 「アンジュ。イリア、エル、カグヤ。鍵、開いた」 「!?」 蚊帳の外だったキュキュが、開いた扉を嬉しそうに示している。 彼女の手には一本の針金があった。あれを使って、鍵を開けたらしい。 「これ 開ける。よかたか?」 「もちろんよ、キュキュさん!最高だわ!」 アンジュと一緒に立ち上がり、一斉にキュキュを賛美する。 キュキュは照れたように笑いながら、牢屋を抜け出していった。 騒がないよう注意して、彼女に続く。 ……男性陣の入った牢を捜すうちに、先ほどの疑問のことは忘れてしまった。 「あれ、キュキュさん?一緒に捕まったんじゃ…」 牢の中で項垂れていたルカが、外にいるキュキュを見て目を瞬く。 男性陣の牢は葬式のような状態だった。 …ここに入れられなくてよかった。空気がものすごく重たい。 「あんな、キュキュ姉ちゃんがな。針金でチョチョイっと開けてしもてん」 「!へえー、お前スゴイじゃん。さっさとここも開けてくれよ」 陽気に言い放ったスパーダを、キュキュの冷たい目が射抜く。 「ヘンな帽子、開けてほしいか?開けてほしいなら、"お願い"じゃないか?」 「は?だから鍵を開けろって…」 「それは、"お願い"と違う。命令」 針金を持った手を、スパーダに突きつけるキュキュ。 コンウェイによれば、キュキュの民族はプライドがとんでもなく高いらしく、鉱山で受けた投げやりな仕打ちを根に持っているのだそうだ。 身に覚えがあったらしいスパーダが息を飲み、叫ぶ。 「あーあーあー、わかったよ!開けてください!お願いします!」 びっと直角に下げられた彼の頭に、キュキュは満足したらしい。私たちの時と同様、鍵穴に針金を突っ込んで数秒いじる。がちん、という小さな音のあと、見た目よりも頑丈だった扉はスムーズに開いた。 すぐに牢を出る男性陣。 キュキュは花が咲くような笑顔を浮かべると、居心地悪そうに視線を泳がせていたスパーダの背中を、思い切り抱き寄せた。 「変な帽子も、キュキュの友達!」 「…許してくれたんだってさ。よかったね、スパーダくん」 「あ…そ、そう。悪かったな、怒らせちまってよ…」 思いのほか反応の薄いスパーダが、引き攣った顔で言う。 …これでお坊ちゃまも、言葉遣いを少し正してくれるといいんだけど。 「…カグヤ?何笑ってんだァ、コラ!」 「えぇ?笑ってないよぉ」 「笑ってんだろ、思いっきり!ったく…」 忌々しげに舌を打つスパーダ。 その顔が少し赤くなっているのが面白くて、また笑ってしまった。 「ねえ、早く行きましょ。で、あの女ぶっ飛ばしましょ」 「…出来れば見つからないように逃げようね」 不気味なほどニコニコ笑うイリアに、ルカが肩を落とす。 …けど、彼も分かっているだろう。 ここは船の上。つまり逃げるには、船をそのまま奪うより他にないのだ。 つまり責任者(多分)であるチトセとの戦闘は、絶対に避けられない。 「この戦艦を奪わずとも、備え付けの小型船があるはずだ。それを狙うぞ」 「じゃあ、目的地は船底だね。急ごう」 近くの牢屋から奪われていた武器を発掘し、出発する。 船内は教団員で溢れていた。 彼らは私たちの脱走に慌てながらも、訓練された動きで追いかけてくる。 かなり統率がとれていた。…まるで軍隊みたいに。 前世のサクヤは、優秀な指揮官だったそうだ。 …チトセは前世の影響が色濃い。悪いところも、良いところも。 だったらまた、友達になれてもよかったはずなのに。どうしてこんなことに…。 「ふんぬう!絶対ぶちのめす!覚悟しなさいよぉ!!」 「………」 ……どうしてこんなことに、か。考えるまでも無かったな。 「イリア、怪我してるよ。…ファーストエイド」 「あ…本当だ。ありがとっ、カグヤ」 「いいえー」 素直に礼を述べ、再び銃を握るイリア。 彼女の横顔を見ていると、迷いなんか全部晴れてしまいそうだ。 …この子についていくのが正しい。根拠は何もないけど、そう思えた。 「!あった。この船か?」 「この程度ならば俺が操縦できる。任せてくれ」 「おお…この船、キュキュたちのになるか?それはいい…!」 辿りついた船底。 目当ての小型船を発見し、キュキュが目を輝かせる…その横を、凄まじい速さで何かが掠めた。攻撃術の鎌鼬のようだ。まっすぐに飛来したそれは、小型船のすぐ横に直撃する。傷ついた戦艦が、濛々と黒煙を噴き上げた。 「……逃がさないわよ。アスラ様」 底冷えするような声と共に、チトセが姿を現す。 彼女の目はルカ以外の何も映していなかった。 …誰だよ。話が通じれば懐柔できるかもとか言ったやつ。無理だろ、これ。 |