ピコハン直撃のダメージは、一晩で大分癒えたようだ。

「あーあ…ヒデエ目に遭った…」
「ごめん、ごめん。さすがにやりすぎちゃったかな」

げっそりと肩を落とすスパーダと階段を降りる。
ラウンジには仲間たちが集合していた。宿屋の主人と話しているようだ。

「どうしたの?」
「…それが、カリュプス鉱山で落盤事故があったみたいなの」

アンジュが憂いの溜息を落とす。
…私たちの視線は、全員揃ってエルマーナへと注がれていた。
カリュプス鉱山の落盤事故。…とくれば、原因は一つしか思い当たらない。

「何やのん、怖い顔してぇ!それに、重要なんは落盤やあらへんで?」
「そうなんです。なんでも、見たこともない魔物が現れているみたいで」

宿屋の主人が眉尻を下げ、"魔物"について話してくれる。
が、どうも要領を得ない。とりあえず行ってみよう、というルカの声に、反対するものは誰もいなかった。

…そして、鉱山に足を踏み入れた途端。全てを理解することとなる。

「!この雰囲気…あの時の」
「ヘソがピリピリするんだな、しかし!危険が危ない証拠なんだな!!」

騒ぐコーダをイリアが抱えあげた。
…この状況は以前見たことがある。コンウェイと出会った、憂いの森で。

「これは…また何かの原因で、異界に繋がってしまったみたいだね」

コンウェイが周囲を見渡しながら、中途半端な説明を述べる。
状況が読み込めないらしいリカルドと争っていたものの、すぐに切り上げていた。コンウェイはこの件について、あまり語るつもりが無いらしい。

「…コンウェイ。今回も手を貸してもらえる?」
「勿論。君たちと一緒に行くとき、約束したからね」

頼もしい返答に、ルカが嬉しそうに頷く。
とりあえずは行けるところまで行ってみよう、とのことだ。
ここを越えないと港には行けないし、他に道は無い。仕方ないだろう。

異様な坑道を、ひたすら歩む。
途中までは順調だったけれど、落盤の規模はかなりのものだったようだ。

「行き止まりみてぇだな」
「これは…さすがに爆破できる大きさじゃないねえ」

進路を塞ぐ巨大な岩。
とても突破できそうにない。ルカが振り返り、これからどうしようかと眉尻を下げる…その直後。凄まじい地鳴りと地響きが、私たちを襲った。

「うわっ…!?」

落盤かと身構えたものの、そうではなかった。
なんと目の前の巨大な岩が砕け、黒くて大きい…憂いの森で見たものと、雰囲気がよく似た魔物が飛び出してきた。
そして一拍遅れて、槍を携えた少女も飛び出してくる。
どうやら襲われているようだけど…どうも様子が変、というか。

「■■■!■■■■!!」

……うん?

「あの言葉…まさか!」

彼女の発した言語は、なんというか。
私たちの理解の及ぶ外のもののようだった。言語として認識できない。
…けれど、コンウェイは違ったらしい。地面に叩きつけられた少女に駆け寄り、抱き起こし。先ほどの彼女と似た言葉で、何かを語りかけていた。

「お、おい。コンウェ…」
「ごめん、皆。少しだけ時間を稼いで」
「!」

コンウェイが本を取り出す。
憂いの森でやったのと同じことをするつもりだろう。えーと…物理法則の統合?だっけ。聞き流してたからよく覚えてないんだけど。

「…まあいいや、私がやるよ。…フォースフィールド!」
「ありがとう、カグヤさん。…行けっ!」

コンウェイの本が光を放ち、魔物を包む。
アンジュとイリアが、倒れた少女に駆け寄って治癒術を施した。
ずいぶん傷だらけだけど…あれは元々のものかな。古傷っぽいし。

「ッ…キュキュ、戦う!一緒に お願い!!」

起き上がった彼女が私たちに訴える。
選択の余地はなかった。
頷いたルカとエルマーナが前へ出て、若干不服そうなスパーダも飛び出していく。魔物は強かったけれど、苦戦するほどでもなかった。

「……」
「…事情を説明してもらおうか。彼女は一体…うわっ!?」

消えた魔物を眺め、呆然としている謎の少女。
彼女はコンウェイに語りかけたリカルドの無防備な背中に、なんの前触れもなく抱きついた。思いっきりだ。…リカルドの狼狽っぷりが面白い。

「■■!■■■■!」
「…彼女の名は"キュキュ"。どうやらボクと同郷みたいだね」

同郷…そういえば、コンウェイは異世界の住人なんだっけ。

「すまんが、彼女に離れるよう言ってくれ」
「それ、彼女なりの感謝の印みたいなんだけど。本当にいいの?」
「いいから早くしろ!」

おお…リカルドがすっごい動揺してる。
物珍しい思いで、リカルドに抱きついたままの少女…キュキュ?と、彼女に語りかけるコンウェイを見つめる。相変わらず言語はサッパリ分からないが。

「■■■…■■」
「…おい。お前、何を言った?明らかに俺を見る目が変わったぞ」
「別に?人は見た目によらないって教えてあげただけ」

なにやら信じがたいモノを見る目でリカルドから離れるキュキュ。
彼女はその後、無言で私たちを順番に眺め…その場でくるくると廻りだした。
踊っているのだろうか。嬉しそうだってことだけは分かる。

「まあ、彼女のことは追々説明するさ。…そんなことよりも」

コンウェイがすらすらと慣れた調子で話を流し、正面の岩壁を見据える。
ふいに輝きだす岩。
脳裏に見慣れない風景が焼きついたかと思うと、すぐに光は消えてしまった。

「…何だ、今のは?」
「そっか、初めて見る人もいるんだよね。だけどあまり深く考えなくていいよ」
「……」

リカルドがコンウェイに疑惑の目を向けたものの、普通に無視されていた。
深く考えなくていいと言うのは、深く教えるつもりがないという意味だろうか。
…私は見るの二度目だけど、別にどうでもいいや。興味ないし。

「ねえ。その人、さっき少しだけ僕達の言葉を喋ってたけど…」

良くない空気に気付いたらしいルカが、話題を戻す。
コンウェイが頷き、キュキュに対して異国の言葉で語りかけた。意味はわからないが、どうも好意的ではない…というより、少し高圧的な印象を受ける。

「はい わかた。でもあまり上手ない いいか?」
「充分だよ。さあ、自己紹介して」
「はい」

私たちの元へ歩み寄ってきたキュキュは、にこりと人当たりの良い笑みを浮かべた。

「名前は キュキュ。みんなと一緒 行きたい。キュキュは強い 役に立つ」

片言ながらも、意味は完璧に分かった。意図はさっぱり分からないが。
真っ先に声をあげたのはスパーダだった。
……コンウェイの時といい、今回といい。意外と疑り深いよなあ。

「こんな得体の知れないやつ、連れて行けるかよ。危ない旅だってのに」
「でも彼女、言葉も上手くないみたいだし…」
「置き去りにするのはちょっと。ねえ?」

控えめに主張するルカやイリア。そしてキュキュのうるんだ瞳に見つめられたスパーダは、うっと呻いて胸を抑える。自分の何かと戦っているようだ。

「わたしはいいと思うけどなあ」
「俺もいい。仕事の邪魔にならないならな」
「ウチも!旅の仲間は、多いほうが楽しいもんなあ」

アンジュ、リカルド、エルマーナが賛成する。
スパーダは最後に私へ目を向けてきたが……ううん。なんて答えよう。

「…私は、みんながいいなら。いいよ」
「またそれか。…あー、もう。分かったよ!」

既視感のあるやり取りを交わした後、改めてキュキュに挨拶をする。
ものすごく喜ばれた。
廻りながら跳びはね、歌いだしそうな勢いで喜ばれた。

「よろしく!キュキュ、がんばる!」

何はともあれ、謎だらけで個性的な同行者が増えた。
…まあ、いっか。得体の知れない同行者なら、既に一人いるわけだし。

「…カグヤさん。ボクに言いたいことがあるなら、向こうで聞くけど」
「い、いいえっ!何でもありません!」
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