ルカが目を醒ましたのは、下山して三日後のことだった。

「マジでよかった!生きててくれてありがとなああああっ!」
「いい、痛い!痛いよぉ、スパーダ!」
「こら、スパーダくん!ルカくんが痛がってるでしょ?」

ルカを抱きしめるスパーダ、彼を宥めるアンジュ。
騒ぎを聞きつけたのか、イリアとエルマーナが部屋に飛び込んできた。

「っ…馬鹿!おたんこルカ!ね、寝すぎだってのよ…っ」
「…兄ちゃん、イリア姉ちゃんずっと泣いとったんや。堪忍したって」

涙を堪えながら言うエルマーナを、イリアが小突く。
余計なことを言うな、という意味らしい。エルが痛いと喚き、ルカが笑った。
……本当、よかった。ルカ。生きててくれて。

「ああ、ルカくん。おはよう。元気そうだね」
「今、ガルポス行きのチケットが取れた。出航は明日以降だそうだが」

遅れてコンウェイとリカルドが入室する。
ルカに声をかけずに用件だけを述べたリカルドに、スパーダが若干顔をしかめたものの、彼の持つ八枚のチケットを見てからは表情を和らげていた。
…素直じゃないな、リカルド。そこが美点でもあるけれど。

「…みんな、心配かけてごめん。ありがとう!」

嬉しそうに笑うルカ。
その後わいわいと和やかな会話を続け、彼の生還を喜んだ。
が。

「よぉっし、じゃあ温泉行こうぜ、温泉っ!」

スパーダの提案に、全員の動きが止まる。
彼の継いだ「ゲヘヘ」という笑い声に女性陣が揃ってどん引きした。
しかしながらスパーダも大物である。戸惑うルカの肩を抱いて、滋養効果があるから、ルカのためだからと熱弁する。…もうツッコむのも面倒臭い。

「言っておくが、ベルフォルマ。今日の混浴はもう終わったぞ」
「!!ま、マジかよっ…」
「アテが外れて残念だったわね。…でも、わたしもまた入りたいかな」

微笑むアンジュに同意する。
今までは慌しくて、ゆっくり湯に浸かるどころじゃなかったからなあ。
それに複数人で入浴っていうのも、新鮮でいいかもしれ…

「そらエエなあ!カグヤ姉ちゃんの素顔、拝んだるでー!」
「アンジュの胸もね。イッシッシ!」

……前言撤回。やっぱり一人で入るべきだろうか。


*


「しっかしさあ。アンタ、本当に前髪切ったらどうなの?」

騒ぐエルとアンジュを眺めながら、イリアと並んで温泉に浸かる。
……入浴中は髪を結んでいるから、普段隠している(ってほど大仰でもないが)素顔がモロなワケだけど…どうしてここまで言われるかなあ。

「いいんだよ、私は。困ってないし」
「見てるほうが鬱陶しいのよ」

苦い顔をしたイリアが吐き捨て、私の顔を覗き込んでくる。
…ち、近い。すっごい近い。同性とはいえ、この距離は流石に照れる。

「…本当、かわいいのに。勿体無いじゃない」
「う…」
「胸はぜーんぜんあらへんけどな!あはははは!」
「!!」

突然介入してきたエルに、イリアと揃って首を捻る。
にやりと笑うエルマーナ。
何をするかと思えば、なんと私とイリアの間に押し入り、それぞれの手で私たちの胸を触っ…て何してんだ、この子は!全然無いって言ってんだろが!

「カグヤ姉ちゃんもちっさいやけど…イリア姉ちゃんもなあ」
「んだとぉ!この口かッ!そういうことを言うのは、この口かっ!!」

溜息をつくエルマーナの右頬を、イリアがつまみあげる。

「痛てて!ほんならアンジュ姉ちゃんの腹の肉、分けてもらったらエエのに」
「こ、この口ね!そういうことを言うのは、この口ねっ!!」

やってきたアンジュが、エルマーナの左頬をつまみあげる。
…エルは痛がってるけど、なんか楽しそうだな。私も混ざりたい。

「…えい」
「!」

頬は左右ともふさがっていたので、仕方なく鼻をつまんでみた。
三人からの集中砲火。これにはエルも耐え切れず、しきりに水面を叩いて限界を訴えていた。…解放されてからは酷い目に遭ったと呟いていたものの、自業自得だ。火山で『口は災いの元』と学ばなかったのかと言ってやりたい。

「でも、カグヤもイリアも細いわよね…髪も綺麗だし。うらやましい…」
「…私はちょっと丸くてもいいから、人並みの胸が欲しい」
「あたしは…」

イリアの声は最後まで続かなかった。

「ええっ!じゃあイリア達は、聞こえてるって知らないの!?」

突如聞こえてきた、ルカの声に遮られて。
アンジュとイリアが凍りつく。
…私が視線を滑らせると、エルマーナが唇を尖らせて口笛を吹いていた。

「あーあ。バレてしもた。あんな、実は男湯すぐ隣やねん」
「ええっ!嘘でしょ、わたし初耳っ…」
「おおおおおたんこルカ!さっさと出ていきなさい!さもないと…!」

全裸にタオル一枚だったはずのイリアが、両手に銃を持っていた。
信じられない光景に目を丸くするよりも前に、彼女は躊躇なく衝立へ発砲。ルカはもちろん、スパーダの悲鳴も聞こえてきた。…と、なると。

「…じゃあ、リカルドとコンウェイもいるわけ?」
「ま、まさかあ。そんな…」

ぼそりと呟いた、素朴な疑問。
しかしなんということだろう。そんな小さな言葉にすら、衝立の向こうにいるらしいリカルドとコンウェイは返事をしてきた。…防音性は皆無のようだ。

「……カグヤ」
「はい」

据わった目のアンジュが、私の両肩を掴む。
凄まじい力だ。そしてまた顔が近い。普通に恐ろしい。怖い。

「殺りなさい」
「え?」
「術の使用を許可するわ。殺りなさい。今すぐ」
「…」
「神が許さなくても、わたしが許します」

またその台詞か、と思わず仰け反る。
が、逆らう理由もない。私は衝立に向けて両手を合わせ、詠唱に取り掛かった。…殺しはしないけど、気絶くらいはしててもらおう。うん。

「混濁に沈め、不殺の鉄槌。…ピコピコハンマー!」
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