ルカを診た医者は、まず傷の深さに驚いた。
そして最初の一晩が峠だと言い、…その後、回復の早さに驚いたそうだ。

「あとは体力の問題だって。数日すれば、目を醒ますそうよ」

ルカの病室から出てきたアンジュが、涙ぐんだ顔でそう告げる。
……全身から力が抜けた。
椅子に坐っていてよかった。立っていたら、その場にくずおれていただろう。

「よ、…よかったあああ…!!」
「ルカ兄ちゃん、目ぇ醒ます?ほんとに平気なん…!?」

頷くアンジュ。
懸命に涙を抑えながら、エルマーナが歓声をあげた。
…緊張していた空気が緩んでいく。安心しているのは勿論全員だろうけど…きっと一番はスパーダだろう。彼は、このことには随分と責任を感じていた。

「マジ…よかった。ルカ…また守れなかったらどうしようって、思っ…」

涙をかみ殺しながら言われた言葉に、一同が動揺する。
…『また守れなかった』?
イリアが代表してスパーダに尋ねたものの、彼はきょとんとしていた。
どうやら無意識で言ったらしい。…となると、今の台詞は…?

「…あれ、デュランダルの言葉かな」
「え?」

スパーダの出て行った扉を眺めながら、私が呟く。

「どういうこと…?アスラの死に、デュランダルが責任を感じてる…?」
「…カグヤ?どうしたの、顔怖いわよ」
「!」

イリアの声にはっとして我に帰る。
…口に出てたのか。ちょっとマズったかな……別にいいけど。

「…ごめん、私も少し出てくる。すぐ帰るから」
「そう?…辛くなったら、誰でもいいからすぐに言うのよ?」

アンジュの気遣いに感謝しつつ、部屋を出る。
晴れない気分のまま宿のラウンジへと戻ると、ちょうどスパーダが外から戻ってくるところだった。
ぼんやりと泳いでいた彼の視線が、少し驚いたように私の顔に向けられる。

「なんだよ。カグヤも外行くところか?やめたほうがいいぞ」
「は?」
「オレも外でゆっくりしようと思ったんだけどよぉ。外、超クセーんだ」

鼻が曲がりそうだったぜ、とスパーダは顔をしかめる。
聞けば、外は硫黄の臭いがひどすぎて考えごとどころではないらしい。
…今の気分で硫黄の臭いは、さすがにきついな。
話に付き合えと言うスパーダと共に、ラウンジのソファへ腰掛ける。

「…あのさあ。クシナダって、どんな奴だった?」
「?何、藪から棒に」

ソファに浅く腰かけたまま、スパーダが指を組む。

「だってよ、皆の中でデュランダルが直接知らねーのってお前だけだし。そのくせアスラやヴリトラは懐いてたっぽいんで、こう…純粋に気になるっつーか」
「…」
「籠に篭ってた女神、ってくらいしか知らねえんだよな。オレ」

本当に純粋な疑問のようだ。
組んだ指を忙しなく動かすスパーダに、どう答えたものかと思案する。
…そうだなあ。特筆することとか、殆ど無いんだけど。

「篭ってた…ってのは、少し違うね。出れなかったんだ」
「え?」
「そういう神だったの。籠の中に生まれ、そのまま死ぬ運命を持った神」

…そうだ。クシナダは、籠の中から"出れなかった"。
だからヴリトラと会えたのも、彼女にアスラを紹介してもらえたのも。
アスラの気遣いで天空城に移住できたのも。全部、奇跡みたいなことだった。

「世界が凄く狭くって…アスラの武勇伝が、クシナダの全てだった」
「…」
「だからね。私もアスラが…ルカが大事なの。ものすごく」

神妙な顔をしてしまったスパーダに微笑みかける。
…ぎこちない笑みではあったが、これが今の精一杯だった。

「とどのつまり、アレね。次会ったら、ハスタぶっ殺そうね」
「お、おうよ!ぜってェぶちのめしてやるぜ!」

いつも通りに戻ったスパーダと、明るい会話を交わす。
剣の話。旅の話。仲間の話。その他、諸々。
…前世の話は、一度も出なかった。

「…あれ、二人とも。一緒にいたんだ」

階上からの声に、会話を切り上げて振り仰ぐ。
コンウェイだった。
手すりに片手を置いたまま、二階からラウンジに向けて歩いてくる。

「アンジュさんから伝言。ルカくんが目を醒ますまで、交代で休憩だって」
「あ…そうなの?ごめんね、わざわざ」

スパーダと揃って立ち上がる。
コンウェイは涼やかに微笑んで首を振った。気にしていないらしい。

「最初はアンジュさんとイリアさんがルカくんを診てるって。二人とも、折角の自由時間なんだからさ。ガラムの観光でも行ってきたらどう?」
「…」
「…か、観光…っすか…」

この状況で楽しく観光なんかできるんだろうか。
スパーダも同じ気持ちらしく、思わず顔を見合わせてしまう。
その様子を眺めたコンウェイは、どこか呆れたような顔で息をついた。

「スパーダくん、木刀見たかったんだろう?お土産屋で」
「うっ」
「カグヤさんは防具でも買ったら?ここ、武具屋はたくさんあるよ」
「ううっ」
「じゃあ、ボクは今から温泉入ってくるから。ごゆっくり」
「ううう…!」

言葉を詰まらせた私たちを置いて、コンウェイが立ち去る。
そしてまっすぐに男湯の暖簾を潜ろうとし…番台に止められていた。
女の子と間違えられたらしい。

「…ぶはっ!」「ぷっ…!」
オバチャンの天然攻撃に耐え切れず、噴き出す私とスパーダ。
…コンウェイの据わった目がこちらを向いたので、慌てて口を噤んだ。

「じ、じゃあカグヤ。武具屋デートとしゃれ込むかぁ!」
「そ、そうだね!行こっかあ!」

…これ以上ここに座ってたら、サイレントエンド食らわされそうだし。
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