さらに奥へ進むと、"記憶の場"があっさり見つかった。 傍らには小さな祭壇と壁画がある。アンジュの読みは完璧に当たっていた。 「あった、あった。じゃあ触るわよ?」 イリアが嬉しそうに記憶の場へ駆け寄り…寸前で立ち止まった。 後ろ姿ではよく分からないが、何か考え込んでいるようだ。 「イリ、」 しかし誰かが声をかける前に、記憶の場は一層の光を放ってしまう。 …みんなの反応は鍾乳洞の時と同じだ。 コンウェイとコーダと、私以外の全員が硬直して動かなくなる。 暫くして目を醒まし、見えた光景について談義を交わす…本当に、以前と同じ。 「みんな。何が見えたの?」 「また見えなかったのか?…大したこたぁねえ、ただのイチャつき現場だよ」 「…は?」 い、イチャつき現場? 「アスラとイナンナが、創世力についてモメてるみたいだったけど…」 「最終的にはイチャついとった。いつも通りに」 「つまらん光景だ。見なくて正解だな、カグヤ」 リカルドが忌々しげに言うが、乾いた笑いを返すことしか出来なかった。 …本当に大した情報は得られなかったらしい。 ルカとアンジュも、文句こそ言わないが似たような反応だった。 …唯一違うのはイリアだ。頭痛を訴え、不安そうな顔をしている。 「…で。あっちの壁画には何が書いてあるの?」 「絵もあるけど…文字のほうは、こう書いてあるわ。『魔王、創世力を高く掲げ、長き眠りから呼び起こす』…魔王が創世力を使った、ってことかな?」 音読してくれたアンジュ。 …魔王が創世力を使った、か。何だそれ。だって創世力を手に入れたのは…。 「チトセさんが、マティウスは僕のよく知る人物だって言ってた。 じゃあマティウスが『魔王』?…天上の次は地上を滅ぼすつもりなのか?」 ルカの声に、思考が切り上げられてしまった。 …マティウスが魔王?それだと何かが変だ。それにチトセって、確か…。 「…うう。頭が痛くなってきた…」 「カグヤも?あたしもなのよ。イタタタタ…」 イリアと二人で頭を抱える。 海底だから気圧が高いのかもしれない。私はともかくイリアは結構深刻のようで、しきりにイライラすると言っては、唇を尖らせていた。 「ともかく、目的は果たした。戻るとしよう」 リカルドの提案に異を唱える者はいなかった。 …少し引っかかる情報ではあったけど、王墓の収穫は充分だろう。 これなら"祠"には行かなくて済むかもしれない。ていうかそもそも、みんな既に忘れてくれているかもしれない。…そうだったら、本当にありがたい。 「あっ…!」 「!?」 来た道を引き返して、数分。 先頭のルカが立ち止まる。彼の後ろから前方を見ると、私たちの進路を阻むように佇む赤色が見えた。この国で何度か話題に出た少女、チトセだ。 「こんの、性悪女!ノコノコ現れやがったなあ!」 頭痛を訴えていた彼女は何処へ行ったのだろう。 嫌悪を全面に押し出しながらイリアが罵声を張り上げる。酷い光景だ。 見かねたアンジュが宥めたものの、効果は無かった。 「…アスラ様。マティウス様は、あなたを必要とされています。どうかお願い、私と一緒においでください。共に幸せになりましょう」 イリアを完全に無視したチトセが、ルカに対して訴える。 が、ルカは少しも迷わなかった。首を振り、チトセへごめんと告げる。 「君と一緒には行けない。僕は、イリアと一緒にいるよ」 「ッ…どうしてですかっ!」 落ち着いたルカの声を、チトセの悲しげな声が掻き消す。 「君は知らないふりをしているの?天上が滅んだのはマティウスのせいだ。 戦争も、アシハラの悲劇も。天上が滅びなければ起こらなかった」 「…」 「全部魔王のせいなんだ。魔王の…マティウスの!」 違う、とチトセが叫ぶ。 彼女はルカに対し、『全てを思い出せていない』と言った。 …そして、憎悪に染まった目でイリアを睨む。苦々しく名前を呼ぶ。 「天上を滅ぼしたのは、イナンナ!お前だろう!」 今まで歯軋りしながらチトセを睨んでいたイリアが、凍りついた。 横目で彼女の様子を窺うと、その。 …とても謂れの無い言いがかりをつけられた、って風でもないようだった。 …どういうことだ?なんであの子は、そんなことを知っている…? 「自分の思いを殺し、耐えて過ごすだけの日々。あんな報われない気持ちは、もう嫌…でも生まれ変わった私は違うわ。アスラ様は、誰にも渡さない!」 叫んだチトセが、背中から短刀を引き抜く。 この人数差で戦うつもりかと驚いたが、今立っているのは狭い通路だ。 銃も術も満足に使える状況じゃない。彼女にも充分に勝機はあった。 「アスラ様は絶対に取り戻す!…その女を、殺してでもッ!」 チトセの動きは驚くほど速かった。 蝶のように舞い、蜂のように刺す…だっけ。まさにそんな感じだ。 ルカにスパーダ、エルマーナが三人がかりで対応した上で、アンジュも短剣を握って援護に向かっている。前述の通り、術や銃では手が出せなかった。 「だからホラ、イリア。回復だけでもちゃんとやろ」 「……」 黙ったまま戦闘を見守るイリア。 イナンナが天上を滅ぼした、というチトセの言葉が堪えているようだ。 唇をかみ締めて、沈痛な顔をしてうつむいてしまっている。 ……これは、私が手出しできる領分じゃないな。声かけるの、やめとこ。 「…コンウェイ、頼んで平気?」 「任せて。じゃあカグヤさん、回復薬頑張って」 「…"ヤク"の字が違うよ、おにーさん…」 わざとか。わざとなのか。何笑ってんだ。 溜息をつきながら、戦場へ向き直る。 チトセは強いようだけど、前衛だけでも四対一だ。 流れはルカたちにある。…ここを後押ししてあげるのが、後衛の役目だろう。 「フェアリーサークル!」 詠唱の後、広範囲を癒す回復術を発動させる。 元より勝負は決していた。私の術は、それを更に決定付けただけだ。 チトセが膝をつくまで、そう時間はいらなかった。 ……ごめんね、サクヤ。 君の報われない気持ちはよく知っている。イナンナに意地悪されるたびに、クシナダに会いにきては必死に元気になろうと務めていたことも、知っている。 だけど、…今の私は、あなたを慰めてあげることは出来ないんだ。 よろよろと立ち上がったチトセが、傷ついた顔で笑う。 …どこか狂気を感じさせる、寂しい笑顔。彼女は戸惑うイリアを一瞥し、大剣を構えたままのルカに、意味ありげな台詞を残していった。 「イナンナは、裏切る…必ず。アスラ様…あの時の無念、どうか思い出して…」 その真意は分からない。けれど。 …きっと彼女、嘘は言っていない。彼女なりに"真実"を言ったのだと思う。 ……どういうことなんだろう。意味が分からない。…頭が、痛い。 |