満潮時に大量発生するという『アーマードボア』。
王墓に入るためには、そいつを一定数討伐してほしいとふっかけられた。
…ええ、ええ上等ですとも。
あの"祠"に近づかないためなら、私はどんなことだってしてやりましょう。

「というわけで、死ね!スパイラルフレア!!」

登場したボアを五体ほど、まとめて焦がす。
先ほどからの私は絶好調だった。仲間たちがポカンとした顔で見つめてくるものの、幸か不幸か敵の数が多い。声をかけられることはなかった。

「カグヤ姉ちゃん、容赦ないなあ」
「ていうか、攻撃しまくりじゃない…相変わらず威力凄いし」
「あれで初級術かよ?ありえねえ…」

ぼそぼそと囁き声が聞こえるが、もちろん無視だ。
次々に攻撃術を唱え、現れるボアたちを殲滅していく。
…20体目を倒した頃だろうか。突然ボアたちの勢いが弱まっていった。

「…これで全部、かな?」
「少し不憫だわ。この国の水没さえなければ、住処を追われることも討伐されることもなく、人間と共存できていたでしょうに…」

痛ましげに目を伏せるアンジュ。
ルカも同感のようで、彼の表情も晴れなかった。

「チトセさんが言ってた。天上が滅びなければ、天変地異もなかったって」
「…チトセさんが言ってた、ねえ」
「!あ。別に退治するのが悪いって言ってるんじゃないよ?」

機嫌を損ねたイリアに、慌てて弁解するルカ。
その弁解内容がズレている気がするが、そんなことはどうでもいい。

「早くジロチョウさんに報告しよう。で、さっさとお墓入ろう」
「…その言い方は誤解を招くと思うけど」
「そんな話どうでもエエねん。おっちゃん、細かすぎやで」

エルマーナが助け舟を出してくれたが、『おっちゃん』呼ばわりされたコンウェイは実に不機嫌そうである。…そういえばこの人、幾つなんだろう。
少なくともおっちゃん呼ばわりされる歳ではない気がするが…まあいいか。

アシハラの王・ジロチョウへの報告のため、街に戻る。

王墓へ入る許可は簡単に下りた。
今度ばかりは墓守も道を開けてくれ、全員で王墓に入ることが出来た。

「うっわ、広っ!お墓のくせに広っ!」

長い階段を下った先の王墓は、広大な遺跡のようになっていた。
エルマーナが発した「息苦しい」という感想に、ルカがこのあたりは海底なのだと説明する。泳げないというエルは、嫌そうな顔をして項垂れた。

「この広さだと、神殿としての意味合いも兼ねてそうだよね」
「なら、また祭壇と一緒に"記憶の場"があるかもしれないわ。…ほらエル、項垂れないの。チャチャっといって、チャチャっと戻ってきましょう?」

有無を言わせぬ語調のアンジュに、エルがますます項垂れる。
が、さっさと戻りたいというのには賛成のようだ。
先頭へと駆け寄り、イリアと騒ぎながら先に行ってしまった。

「……王の墓に神殿、か。何かあるといいけど…」
「なんだよ、カグヤ。ヤケにやる気じゃねえか」

私の独り言を聞いたスパーダが、意外そうに言う。

「まさか"祠"か?オレも確かに無駄足は踏みたくねーけどよ…」
「…ああ、ううん。そういうんじゃなくて」
「?」

今の私は、明らかに様子がおかしい状態なのだろう。
現にスパーダも、茶化すような口調ながらも心配してくれているようだ。
…駄目だなー、私。年下にまで気を遣わせるなんて。

「なんでもないよ。少なくとも、今は」
「…そうかあ?」
「うん。何かあったらちゃんと相談するから、心配しないで」

申し訳ない気持ちもあるが、心配してもらえるのは嬉しかった。
私が微笑むと、スパーダも納得してくれたらしい。
絶対に相談しろよ、とだけ言い、この話題を切り上げてくれた。

「あはは。スパーダお坊ちゃま、やっさしーい」
「あァ!?てっめ、人が折角…!」
「分かってるよー。ありがとう、スパーダ」
「…」

実に盛大な舌打ちをされた。
が、横から見た頬が赤くなっているので覇気の類は皆無である。
…スパーダ、いい奴なのに。なんで不良なんかやってんだろ。

「…うん?なんや、これ。デッカイ絵ぇやなあ」

先頭を歩いていたエルマーナが立ち止まる。
彼女の後ろに立ち、デカイ絵こと壁画を見上げてみた。
…鍾乳洞で見た天上界の文字が刻まれている。"アタリ"のようだ。

「えーと…天上界の成り立ちについて、だね。この文」
「ええ。原始の巨人と、神々の誕生…地上の謂れなどが記されているわ」

スパーダやイリアが首を傾げるので、アンジュが全文を訳してくれた。
それによって理解できたらしい彼らは、今度は転生者の仕組みについて疑問を持ち始める。…このへんは、私にも全く分からない領域だった。

「やっぱり天上が滅んだことと関係あるのかな」
「…そうだと思う。世界の仕組みが丸ごとぶっ壊れたようなモノだから」

天上界崩壊の時のことは、あまり思い出したくない。
だから話題が『宗教のあり方』に摩り替わったのは私にとって幸いだった。

「そうだ。僕は…アスラは、地上と天上を統一したかった。
 いつもイナンナと、その話をしていた…僕は世界を一つにしたかったんだ」

壁画を見上げたルカが呆然と呟く。
…徐々にアスラだった頃の記憶を思い出しているみたいだ。
それは良いことのはずなのに…なんだろう。何だか、嫌な胸騒ぎがする。

「…やっぱり場所のせいかな。はあ、早くどっか行きたい…」
「ん?何や、カグヤ姉ちゃんも泳げんのかいな」
「えっ。あ、いや、違…」
「大丈夫や。溺れたときは、リカルドのおっちゃんが助けてくれるさかい」
「…遺跡ごと潰れたら、さすがに俺の手には負えんぞ」

ってことは、それ以外の時は助けてくれるのか。優しいな、リカルド。
……まあ、私は普通に泳げるけれども。
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