教団の所有する、秘密の図書館。
薄暗い、かび臭い、湿っぽいと嫌な環境ではあったものの、なるほど確かに情報量は凄そうだ。だって壁一面本棚だもん。本ぎっしりだもん。

「じゃあ、手分けして捜しましょう。まずは地域別、年代別に本を選んで…」
「ちょお待って!アンジュ姉ちゃん」
「?」

落ち着かない面々を仕切り始めたアンジュを、エルマーナが制す。
彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げ、項垂れた。

「…ウチ、字読まれへんねん」
「!あら…」

アンジュが困ったその隙に、イリアとスパーダが「本が読めない」「重いものが持てない」と口々に主張し始めた。嘘つけ。ルカが苦笑いしてるぞ。
流石のアンジュも溜息をついたものの、屈する彼女ではなかった。

「じゃあこうする。スパーダくんはルカくんの助手。イリアとコーダはわたしの助手。エルはリカルドさんの手伝い。えっと、コンウェイさんとカグヤは…」

「ボクはルカくんたちを手伝おうかな」
「なら、私はエルマーナを手伝うよ」

リカルドを、ではない。
エルの手伝い、それは即ち『手伝いの手伝い』という不要な役職である。
……けれど、私の主張には誰もツッコんでくれなかった。
「はい。解散!」
アンジュは号令をかけ、全員を散り散りにさせる。

私はリカルド、エルマーナと一緒に二階部分の担当だ。
けど。

「暗くて、静か。寝るには最高の場所だよね…」
「まったくだ。少し休むか…」
「ちょお待てえ!おっちゃん、姉ちゃん、何しとるん!?」

躊躇なく床に転がった私と、本棚に背中を預けたリカルド。
エルマーナが目を剥いて叫んだが、この睡魔はどうしようもない。
私は欠伸をかみ殺しながら体を起こし、本棚に寄りかかった。

「駄目だよー、エル。休めるときに休まなくっちゃ」
「カグヤ姉ちゃんのが駄目やろ…アンジュ姉ちゃんに怒られるで?」
「大丈夫だ。セレーナも分かってくれるだろう」

眠そうなリカルドが、真面目な顔で滔々と説き始める。
少し休憩したほうが効率がよくなる、だの。休める時に休め、だの。
エルマーナは最初こそ胡散臭そうな顔をしていたが、調べものが嫌なのは彼女も同じ。リカルドの説法で眠くなったようで、私の隣に座り込んできた。
そして。

「うりゃっ。…えへへー、あったかいなあ」
「おー、エル。話分かるねえ」
「ウチも退屈やもん。しかしエエ枕やー、夢見よくなりそうやなあ」

おっぱいは小さいけどな、と笑うエルマーナ。
アンジュに比べてもらっちゃ困る。…ただでさえ人並み以下なのに。
再び欠伸をふかしながら、重たい瞼を閉じる。
…が。まっすぐに私を見上げる、エルマーナの態度が気になった。

「…よお見ると、ごっつ美人やなあ。カグヤ姉ちゃん」
「…」
「クシナダもこんな顔しとったんやろか…ウチ、一度も…見たこと、な……」

言葉尻も曖昧に、エルマーナが瞼を閉じる。
眠ってしまったらしい。見れば、隣のリカルドも寝息をたてていた。
「………」
…寝る前になんてこと言うんだ、エルマーナめ。

複雑な気持ちになりながら、今度こそ瞼を閉じる。
……懐かしい夢を見たような気もするけれど、忘れてしまった。

暫くしてから、目を開ける。

エルはまだ寝ていたが、リカルドは起きていた。
実に興味なさそうな顔でパラパラと本を手繰っていたものの、とても読んでいるようには見えない。どう声をかけたものか、と一瞬考えた時。
階下から私たちを呼ぶ、アンジュの声が響いてきた。

「…エル。エルマーナ。起きて、呼ばれてる」
「う…ううん…あと五分…」
「ベタな寝言はいいから。ほら早く」

頬を抓って起こし、寝ぼけ眼を擦るエルを無理やり立たせる。
ヨダレの跡が凄まじいが、拭ってやる時間はない。
半ば引き摺るようにして階段を降り、仲間たちの元へ集合した。

「みんな、調査報告をお願い。…じゃあルカくんチームからね」
「西の国のガラムは、独自に鍛冶の神を信仰しているみたいだね」
「あとはガルポスだとよ。異文化だから色々手付かずかもって、ルカが」

さすが真面目代表ルカ・ミルダ。
情報収集はお手の物らしく、身のありそうな報告だ。
頷いたアンジュが『テノス』について言葉を継ぐ。次はイリアのようだ。

「えーと、アシハラね。異文化だから色々手付かずかもって、アンジュが」
「一字一句スパーダと同じ台詞なんだけど…」
「うっさいわね!」

身を乗り出したイリアをアンジュがなだめる。
エルマーナとくすくす笑っていたら、余計に睨まれてしまった。

「リカルドさん。何か報告は?」
「…いや。特にない」
「そうですか。ではカグヤと一緒に、寝心地の感想をお願いします」

にっこりと笑うアンジュ。
私は言葉を詰まらせたものの、リカルドは違った。
暗くて静かで最高だったと述べる。イリアとスパーダからの非難が凄まじい。

「あんなあ。リカルドのおっちゃん、めっさデカイ鼻提灯できとってん」
「エルは口元を拭いておきなさい。ヨダレの跡、凄いから」

アンジュは深々と溜息をつき、組み合わせミスを嘆いた。

「しっかし、見事にバラバラね。こりゃ骨が折れそうだわ」
「世界中廻ることになりそうだね…」

顔をしかめるルカ。
イリアとスパーダはいまだに私たち…というより、リカルドを睨んでいた。
余程情報集めが辛かったのだろう。
サボリ、許すまじ。小鳥を殺せそうな目で、そう訴えていた。

「船の手配は俺がやろう。多少はコネがある」
「おーおー、やる気満々じゃねえ?寝たお蔭で元気いっぱいなんだな」
「…フン。ガキどもに船の手配はできまい。俺は俺のやれることをするまでだ」

スパーダをあっさりと受け流したリカルドが、コートを翻す。
早速船の手配に向かうようだ。
彼は30分後に港でと言い残し、図書室から立ち去った。

「時間空いちまったな。ハルトマンのとこでも行くか」
「長旅になりそうだもんね。挨拶しよっかあ、お坊ちゃま」
「…」

スパーダが睨みつけてきたが、当然無視する。

「じじいの家!メシか?メシなんだな、しかし?」
「だから挨拶だって…」
「そうよぉ、コーダ。スパーダお坊ちゃまの言うこと、お聞きなさい」
「イリア、てめえええ!」
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