あれから色々あって、現在地は商店主のお屋敷。
正面扉を開くための"鍵"を捜そうと、手分けをしている…んだけど。

「うぎゃあ!気持ち悪っ!何これ!?」
「…銅像、か?随分とまあ、斬新なモデルだな」

ベッドに横たわる銅像を前に、イリアが悲鳴をあげる。
リカルドは冷静に観察している…ように見えるだけで、顔が引き攣っていた。
当然だろう。
気持ち悪いもん、これ。商店主そのものだもん。

「そういえば…台座のくぼみ、人間の足みたいだったよね」
「その通りだ。つまり、」
「コレ持って帰れっての!?ジョーダンじゃないわよ!」

イリアが叫びながら地団駄を踏むが、現実は変わらない。
目の前の銅像を誰が運ぶか、三人でじゃんけんをして決めた。
…負けたのはリカルドだ。私じゃなくて、心底よかった。

「でもさあ、どうするの?エルの友達取り返すって言っても、こんだけの屋敷持ってる貴族ぶっ殺したら、かなりの問題になっちゃうんじゃない?」
「なんで殺す前提に喋ってんのよ」

重い荷物を持つリカルドを、守衛から庇いながら正面ホールへ戻る。
私の疑問に苦々しい顔で答えたイリアは、殺さなきゃいいでしょ、と続けた。

「手とかにさぁ、一、二発ブチこんで?黙っててもらえばいいのよぉ〜」
「イリア、顔ヤバイ」
「俺はアニーミの案に賛成だな。カグヤのものよりは、余程危険が少ない」
「む…!」

この場にいるのは三人。
多数決で負けてしまった私は仕方なく、彼女の案に賛成した。

最後の扉を開け、玄関ホールに辿りつく。
「ああ、やっと来た。お疲れ様」
「リカルドさん。ありがとうございました」
笑顔のコンウェイとアンジュが労い、エルマーナが急かしてくる。
…その後ろには、黄金の商店主を抱えるルカと、白銀の商店主を抱えるスパーダが死人のような顔で佇んでいた。乾いた笑顔が痛々しい。

「重い…心が重いぜ…」
「うう…今夜の夢に出そうだよぉ…」
「…何も言うな。さっさと置いて、さっさと帰るぞ」

商店主の像を抱えた三人が、それぞれの台座に像を設置する。
…ガチン、と大げさな音が響いた。
あっけないほど簡単に、閉ざされていた扉が開く。駆け込むと、中には商店主(本物だ。像とソックリだけど)、数人の用心棒、拘束されたまま泣いている子どもたちの姿があった。彼らはエルマーナの顔を見て、嬉しそうに笑った。

「その子ら、返してもらおうか。ウチの大事な子らやねん」
「チッ…これ以上騒いで、役人にバレてはまずい!おい!こいつらを、」

凄むエルマーナ。商店主が背後の用心棒に声をかけた…のだが。

「役人にバレると、まずい?…その話。詳しくお伺いしたいですね」

雰囲気の変貌したアンジュが、その声を遮った。
アンジュ…相変わらず怒ると怖いな。
商店主、完全にびびってるよ。私たちもびびってるけど。

「…なんや。そういうことなら、ウチも手加減せぇへんで?」

子どもたちの拘束は、商店主の独断。
そう分かった途端、エルマーナの態度も変わった。
彼女から溢れ出す闘気はまぎれもなくヴリトラのもので、怖気づいた用心棒たちは次々に部屋から逃げ出していく。…そして最後に残った一人は、転生者のようだ。

「たとえ神が許さなくても、私が許します。エル!やっておしまいなさい!」

…アンジュさん、それ聖職者の台詞じゃないです。

「姉ちゃん達は、手ぇ出さんといて。これは自分で始末つけたるわ」
「フン…吐いた唾、飲まんとけぇよ!」

覚醒し、鬼のような姿になった用心棒。
エルマーナは小柄な体を駆使した素早い動きで彼を翻弄し、次々に重い拳や蹴りを見舞っていった。ヴリトラの"気"をそのままぶち込む戦い方のようだ。

「…さすがヴリトラ。転生しても、強いなあ」
「うん。凄いや…」

ルカと並んで、エルマーナが用心棒を打ち倒す瞬間を見届ける。
その後の展開は劇的だった。
用心棒が喚く商店主を殴り飛ばし、エルマーナに…ヴリトラに頭を垂れ。
前世の恩を返すため、解放された子どもたちを代わって育てると言う。

「ウチにはな、生まれる前から子どもがおんねん。アスラっていう大きい甘えたの、面倒みなあかんねん…せやからな。ウチ、行くわ」

涙を流す子どもたちの肩を抱きながら、エルマーナが言う。
彼女を見つめるルカが気になったが、何も言わないでおいた。

「…うん。行ってらっしゃい、エル!」
「寂しいけど、泣かないから!」
「…エエ子たちやなあ。ウチが泣いてまいそうや」

エルマーナが振り返ってくる。
そして改めて子どもたちと用心棒に別れを告げ、アンジュの手を引きながら屋敷の外へと先導していった。…懸命に涙を堪えているようにも見える。

「…ねえエル、よかったの?本当に」
「ええねん。ウチ、あの子らよりもルカ兄ちゃんのほうが心配やし」

呵呵大笑し、エルマーナがルカの背中をどんと叩く。
簡単によろけたルカは、確かに心配せざるをえない…かも。

「そんで?次、どこ行くのん?」
「そうね…ナーオスの大聖堂はどうかしら。記憶の場を探して、前世の記憶を取り戻すためにも、まずは情報が必要だもの」

アンジュが言うには、ナーオスには教団所有の図書室があるそうだ。
目的はあくまで『創世力』。
なら確かに、アスラやイナンナの記憶が一番の鍵となるだろう。

「なるほど。理にかなった判断だな」
「じゃあまた追っかけられても嫌だし、さっさと行きましょ」

リカルドを先頭に、その場を後にする。
最後に残ったのは私とアンジュ、そしてエルマーナだ。

「……アンジュ姉ちゃん」
「はい。どうぞ」
うつむいていたエルマーナが、アンジュの胸に飛び込む。
彼女の背に回した手は震えていた。やっぱり我慢していたようだ。

「ウチ、偉かったやろ…?」
「うん。泣かなかったものね。偉い、偉い…」
「…」

静かに佇む二人を、沈黙したまま見守る。邪魔はしたくなかった。
「……ぷはっ!もうええわ。堪能した」
エルマーナが顔を離し、まるでオッサンのような感想を述べる。
アンジュは苦笑したものの、まんざらでもなさそうだ。

「アンジュ姉ちゃん、ありがと。元気出たわ」
「そう。よかった」
「ああでも、次へこんだ時はカグヤ姉ちゃんにお願いしようかなあ」
「…アンジュのほうが気持ちいいと思うな」

にやにやと笑うエルマーナから、目を逸らす。

「私、胸小さいから」
「……」
「おなかの肉もほとんど無いし」
「カグヤ。そこに正座して。早く」
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