聞けば彼らは、先ほど戦場についたばかりだと言う。 しかし同じ任務を与えられた以上、別れる理由がないので、そのまま一緒に戦場を進んでいく。…まあ、別れるつもりなんか無いんだけれど。 やっと会えたんだから。 絶対に別れてなんか、あげない。 「!いたっ。ガラム兵!」 ルカと並んで歩いていると、先導のイリアが立ち止まった。 彼女の視線の先には、悠然とこちらへ進んでくる緑色の軍服が見える。 「…なんだよ、様子が変だな。まさか転生者か?」 「アスラの敵じゃないといいけど…」 スパーダとルカの呟きは、ガラム兵には聞こえなかったらしい。 彼はイリアだけを見つめ、感極まったような顔をして、彼女に跪いた。 そしてイリアを「イナンナ様」と呼び、前世の出来事を憾んでいる。 前世はラティオ兵だったようだ。…と、なると。 「そこの仇敵アスラが、イナンナ様を奪ったのでしょう!ならば…奪い返すまで!」 まあ、こうなるよね。 絶叫したガラム兵を闘気が包み、黒い異形の姿…神の姿へと変貌する。 イリアは凍りついたように動かない。 ラティオ兵は彼女の脇をすり抜け、まっすぐにルカへと向かってきた。 「イリアを…イリアを渡すもんか!」 「ルカ!行くぞ!」 ルカとスパーダが剣を抜き、ラティオ兵に応戦する。 私は彼らからそっと離れ、銃を持とうとしないイリアへ歩み寄った。 「イリア。大丈夫?」 「…平気よ。ちょっとビックリしただけ」 言葉とは裏腹に、イリアの表情は暗い。 前世での敵意を現世に持ち越されたのが、よほど堪えたんだろう。 無理もない…と言いたいところだが、私にはよく分からない感情だった。 「じゃあ、ほら。加勢してあげよう。苦戦してるみたいだし」 「うん……って、ちょい待ち。アンタは?戦わないの?」 力なく頷いたかと思えば、イリアは目を吊り上げて私を指差してくる。 思わぬ言葉にきょとんとしたが、少し考えれば合点がいった。 ああ、と声を出して、微笑んでみる。 「私、武器持ってないもん」 「ハァ!?」 「でも回復くらいならするよ。だからホラ、撃った撃った」 手を叩いて囃したてると、イリアは口を開けて愕然とした。 そしれ何か文句を言おうとした…んだろうけど、聞こえてきたスパーダの呻き声で優先順位をつけたらしい。私を見つめたまま、戦場へと走り去っていった。 「頑張ってねー。ピクシーサークル!」 猛然と斬りかかるルカとスパーダ。銃で援護するイリア。 私は彼らからずいぶんと離れた後方で、回復と支援に専念した。 勝敗はすぐに決した。 人間の姿に戻ったラティオ兵は、繰り返しイナンナの名を呼びながら、遺憾そうに事切れた。それを目前にしたイリアはまだ迷っているようだけど、私にはどうにもできない。下手な手出しはしないほうがいい。 「しっかしよぉ。ルカもイリアも、どんだけ恨まれてんだよ」 「分からない。僕は、アスラが戦争をしてたってくらいしか…」 悄然と肩を落としたルカに、思わず驚いてしまった。 「嘘。それしか覚えてないの?」 「うん。…カグヤは覚えてるの?アスラとイナンナのこと」 …うわ、マジか。 ルカとスパーダの目に晒されながら、少ない記憶を整理する。 覚えてる、っていうか。クシナダの行動範囲は籠だけだったから、アスラやその他の伝聞のしか情報は持ってないんだけど…まあ、いいか。常識程度なら。 「天上界は、センサスとラティオ、ふたつの勢力に分かれて戦争してたの」 「ああ、それは知ってるよ。アスラがいたのはセンサス、でしょ?」 ルカに肯く。 そしてイリアに視線を滑らせ、黙り込む彼女の肩に手を置いた。 「イナンナは、ラティオからセンサスに亡命してきたの。 だから両勢力に縁の深い神がいるんでしょうね。面倒なことに」 「なるほど。で、さっきの奴はラティオのほう、ってワケか」 合点が行ったのか、スパーダが頷く。 イリアから不安そうな視線が送られたが、笑って誤魔化しておいた。 …次に口を開いたのは、ルカだ。 「じゃあ。センサスとラティオって、なんで戦争してたの?」 …返答に窮した。 そこからか。そっから覚えてないのか、アスラの転生者。 …ああでも、『覚えてない』んじゃなくて『思い出せてない』…なのか。 じゃあ仕方ないのかな。私の認識が甘かっただけかもしれない。 「えーと、それはね。センサスが…」 どこから説明したものかと思いつつ、私が口を開く。 と、その瞬間。 ガサガサと音をたてて、赤い軍服が私たちの正面に躍り出てきた。 突然のことにルカたちは揃って武器を構えたものの、相手は王都兵だ。 紛らわしいわねえ、とぼやきながら武器を仕舞っている。 「…待ってルカ。剣仕舞うの、まだ早いかも」 「え?だって、あの人は味方…」 きょとんとしたルカを、王都兵が憎悪に染まった目で睨みつけている。 先ほど見たガラム兵と同じ目だ。 きっと彼はラティオの兵だろう。アスラを恨む、敵軍の兵。 「貴様、アスラだな!こうして再び巡り合うとは…さあ!剣を抜け!」 「!」 「てっめ…王都兵だろうが!味方に剣向けるなんぞ、」 黙れ、と鋭い声がスパーダの言葉を遮った。 もうこちらの声は届いていない。王都兵は絶叫し、ラティオ兵に姿を変えた。 …前世と現世の境なしか。大変なんだね、雑兵も。 「死ね、アスラァアアア!」 「うわあああ!」 襲い掛かってきたラティオ兵に、ルカが悲鳴をあげる。 彼は戦えそうにない…そう判断したのか、スパーダの動きは迅速だった。 双剣を抜いてルカの前に立ちふさがり、異形の攻撃を受け止める。 「カグヤ!ルカを頼む!」 「任せてー。…ほらルカ、こっち。下がってよう」 「…」 項垂れるルカの腕を掴み、戦場から引き剥がす。 スパーダもイリアも強い。二人でも充分に戦えるだろう。 「気持ちの整理がつくまで戦わないほうがいいよ。ね?」 「…うん。そうだね…」 頷くルカの目は昏く、焦点が合っていない。 これ、ヤバイかも。…そう思った時、イリアの小さな悲鳴が聞こえた。 うつむいていたルカの肩が、びくりと大きく跳ねる。 「っ…イリアッ!!」 「!あ……ちょ、ルカっ!?」 飛び出したルカの剣筋はデタラメだった。 無我夢中らしく、がむしゃらにラティオ兵を斬りつけていく。 …ラティオ兵が絶命し、人間の姿に戻っているのにも、気付かないまま。 (前世の記憶、か。思ってたより面倒臭そう) 半狂乱だったルカがイリアに諭されるのを見つめながら、ぼんやりと思う。 「あー…ゴメン、スパーダ。頼まれたのに」 「謝んなよ、アレじゃしょうがねえだろ。…それに」 私と並ぶスパーダの目は、優しげにルカとイリアへ注がれていた。 「結果オーライっぽいじゃん」 正気に返ったルカに礼を言われ、イリアが照れながら怒っている。 温かい光景だった。アスラとイナンナとは少し違うけど、それでも充分に。 |