コーダの歯型つきキノコを回収した、その帰り道。
特に大きな揉め事もなく、すんなりと歩けていた…はずなのに。

「見て。犬がいるよ」
「見ればわかる。黒い犬だな」
「見ればわかるだろ。しかも二匹いるぜ」
「…アンタら、わざとやってんの?」

細身で凶暴そうな犬が、二匹。
すぐ近くにある出口を背に、私たちの進路を阻んでいた。

「ダ…ダメよイリア、大声で刺激しちゃ。…緊張が犬に伝わっちゃう。こういうときは、落ち着いて目を覗き込んで…!」

そろそろと犬に歩み寄っていったアンジュ。
彼女の接近を拒むように、犬が二匹、同時に吠え立てた。
「うひゃああっ!」
「!わっ」
悲鳴をあげ、アンジュが私の背に隠れる。どうも犬が嫌いらしい。

「ご、ごめんねカグヤ。わたしワンちゃんは…その…」
「いいよー、隠れてて。私も犬は苦手だし。逃げられるから」
「…それはちょっと違う、かも」
「?」

アンジュが眉尻を下げる。
目新しい様子に新鮮な気分になったが、そうも言っていられないらしい。

「…この気は、ヴリトラだね。あの龍神の気は忘れもしない」

犬たちの後ろから、ぺたぺたと裸足を鳴らして少年が歩み寄ってきた。
褐色の肌に、赤い目。
妙な風体の彼も転生者らしく、"創世力"についてエルマーナに尋ねている。
…えーと、ケルベロスだっけ。名前は知ってるけど、見るのは初めてだ。

「答えろ、ヴリトラ。天上崩壊を見届けたお前なら、創世力の在処を知ってるはずだろ?ボクに教えろ!」
「…ちょっと待って。それならさっきの記憶、ヘンじゃない?」

喚く少年から目を逸らし、ルカが振り向いてくる。

「アスラは何故"創世力"を手に入れたかったんだろう?」
「確かに…アスラは天上を統一したはず。だったら天上界を滅亡させる理由なんか無いはずよね?」

それは私もずっと気になっていた。
きっと『創世力発動の瞬間』に何かがあった…とは、思うんだけど。

エルマーナを除いた転生者集団が、創世力について談義を始める。
…が、それが気に食わなかったらしい。犬を連れた少年が、自分を無視するなと怒号を張り上げた。うっすら涙が滲んでいて、なんとも哀れだった。

「とにかく!創世力の在処を思い出すまで、ヴリトラはボクらが預かる!…さあ来いよ、ヴリトラっ!」
「はあ〜?嫌や。なんでウチがいかなあかんねん」

叫ぶ少年に、エルマーナが肩をすくめる。
そして状況を見守っていたルカと、私の手をそれぞれの手にとった。

「ウチは。アスラとクシナダと、一緒がええ」
「っ…エルマーナ…!」

危ない。一瞬『ヴリトラ』って呼びそうになった。
握られた右手に力を込める。エルは私を嬉しそうに見上げてくれた。
……うん。信じてくれるなら、応えないとね。

「そういうことだから。もう帰っていいよ、ケルベロス」
「っ…ふざけるな、誰が帰るかっ!ケル、ベロ!かかれっ!」

逆上した少年の声に、二匹の犬が呼応する。
彼らは一斉に飛びかかってきた。…けど、私に戦うつもりは毛頭ない。
ただ帰ってもらいたいだけ、だ。

「こっちに来ないで。…ゲイルスラッシュ!」
「…ッわあああっ!!」
「!?え…」

久しぶりに使った攻撃呪文。
正面から食らった少年は犬二匹と共に吹っ飛んで、地面に転がった。
…うんうん。やっぱり攻撃術って爽快だよね。気分いい。

「ち…ちょっと!カグヤあんた、攻撃できたの!?」
「え?うん」
「初めて見たぞ!?つーか威力、スゲェ…!」

愕然とするスパーダ。
イリアはただただ驚いているようで、私に掴みかかってきた。

「だって!初めて会った時、『回復しかしない』って…」
「回復しか"できない"とは言ってないよ?」
「へ、屁理屈じゃないかあ!」

どもるルカまでもが参入し、口論になる。
アンジュやコンウェイがなだめてくれたものの、三人の熱は冷めなかった。
未だに信じられないモノを見る目で、よろよろと立ち上がった少年と犬、そして私を交互に見比べては呆然としている。面白い反応だけど、笑う暇はない。

「くっそ…クシナダめ…!マティウス様に、言いつけてやるっ…」
「マティウスだって…!?」
「…まあ、誰に言いつけてもいいけどさあ。さっさと帰ってくれる?さっきの術、十五連発くらいならできるよ。私」

命の保障はしないけど、と脅迫の意を込めて微笑んでみる。
うっと言葉を詰まらせた少年は、泣きながら走り去っていった。
可哀想だけど、まあ…バックに『マティウス』がいるなら、多少はいいだろう。

「今のガキはマティウスの刺客だったのか。やれやれ」
「創世力って、そこまでしてまで欲しいモンなのか?思い出せねえ…」

再び始まる創世力談義。
しかし今度のは長続きせず、早く帰ってキノコを換金したいというエルマーナの声に遮られた。ついでに、私たちを彼女の友人に紹介したいらしい。

「てか、おなかすいたねん。ウチ」
不敵に微笑んだ彼女の先導で鍾乳洞を後にし、下水道に戻る。
…が、そこには誰もいなかった。ただただ薄暗く、湿っぽい道があるだけだ。

「ヘンやねえ。そろそろ戻ってる頃やのに…」
「!いや待て。上から何か聞こえる。子どもの声か…?」

リカルドの声で、全員揃って耳を澄ませる。
…確かに聞こえる。子どもの声…というよりも、悲鳴のようだ。
「まさか…!!」
それを聞いたエルマーナは、何かに弾かれたように走り出す。
私たちも慌てて彼女を追い、マンホールの外へと抜け出したのだった。
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