キノコ狩りに向かった鍾乳洞は、湿気があってかなり寒かった。 「街の下にこんな広い空間があるなんて。びっくりだね」 「まったくだな」 大きな地震とかがあったら、一発で陥落しそうなくらい広い。 綺麗は綺麗だし、神聖な雰囲気?もあるのだが、どこか居心地が悪かった。 「…カグヤ、大丈夫?元気ないみたいだけど」 「ん…大丈夫。やっぱり下水道はダメージ大きかったのかも」 嘘じゃない、嘘じゃない。 心の内で随分と苦しい言い訳をしつつ、大仰に肩をすくめて見せる。 と、イリアやアンジュら女性陣がスパーダに冷たい視線を送っていた。 「お前らなあ…別に臭くなかっただろ?」 「思ってたよりは、ね」 突然口を挟んだコンウェイをスパーダが睨む。 続けて何か罵ろうとしたらしいが、半ばでやめていた。賢明だと思う。 「つーか、カグヤのは前世に関係あるんじゃねえの? クシナダって殆ど動かなかったんだろ。じゃあ環境の変化とか弱いんじゃねえ?」 「あー…なるほど。気にしたことなかったな」 慌てて話題を戻してきたスパーダに、不意を突かれた気分になる。 「でも、多分違うよ。今では普通に動いてるしね」 「…だよなあ」 自分でも相当無茶な理由だと思っていたらしい。 乾いた笑みを浮かべるスパーダは、ばつが悪そうに頭を掻いた。 「そういえば、カグヤってどこの出身なの?」 「…どこから来たか、ってこと?アシハラだよ」 ルカの質問に答え、着ている服の裾を少しだけつまみあげた。 チトセのに雰囲気似てるでしょ、と続けると納得した顔をされる。イリアには不快そうに顔をしかめられたものの、その辺りは是非とも許容してほしい。 「知りたいことがあって旅をしてたの。でも途中で捕まっちゃって」 「異能者捕縛適応法か。それは災難だったな」 「本当よねぇ」 けらけらと笑い、別の話題で盛り上がる集団から抜け出す。 …出身地云々は、あんまり聞かれたくないんだよなぁ。 若干一名(言うまでもなくコンウェイ)の意味ありげな視線に晒されながら、急かすエルマーナに並んで先を行く。 魔物は出たものの、数は多くない。 十数分も歩けば、すぐに終わりは見えてきた。 目の前にたたずむ、石の建造物のようなものの奥は行き止まりである。 「…これ、祭壇かな。なんか書いてあるよ」 鍾乳洞には僅かながらに人の手が入っていたものの、ここまで明白な人工物は無かった。劣化した石造りのそれを見上げながら、素直な感想を抱く。 「随分古い文字のようね。天上界で使われていたのと、殆ど同じだわ」 「不思議だな。見たこともない文字だが、粗方意味がわかる」 刻まれた文字の意味なら、私も分かった。 簡潔に言えば、『反省したから許してください』だ。 これはどうも、天上と地上が切り離された直後の祭壇らしい。 「なあなあ、自分ら何しとるん?早よ行こうやぁ」 「!ごめんごめん。わかったよ」 前世談義に花を咲かせていた面々を、エルマーナが急かす。 …彼女、他人事みたいにしてるけどいいのかな。一番詳しそうなのに。 「…ねえ、エルマーナ。キノコを見つけたら、やっぱり引っ越すの?」 「それはどうやろなぁ」 寒いのか、エルマーナは私に擦り寄るようにして歩いている。 子ども特有の温かさを感じながら尋ねると、彼女は苦々しい顔を作った。 「家、一軒変えるくらいの値らしいわ。キノコ。でもなあ…」 「レグヌムの家なんか、すごい高いんじゃないの?」 「!それやねん。カグヤ姉ちゃん、頭エエなあ」 エルマーナは嬉しそうに頷いたものの、すぐに渋面に戻ってしまう。 「どうしたもんかなぁ。迷うわあ……っん?」 彼女と一緒に立ち止まる。 とうとう最深部に辿りついたらしい。小部屋のようになっていて、道が無い。 …そして何より目を引くのは、地面に渦巻く光だった。 「何、あれ?綺麗じゃん!」 「えっ。ちょっとイリア、もっと警戒して―…っ!?」 イリアが光に駆け寄り、触れた途端。 まるで待ちかねたかのように光が増徴し、岩壁だらけの小部屋が真っ白に包まれた。とんでもなく眩しい。思わず目を閉じ、腕で顔を覆ってしまった。 「ッ……ん?あれ…」 光はすぐに収まった。 若干ぼやける目を擦りながら瞼を開けたものの…どうも様子がおかしい。 「リカルド…アンジュ?なんで動かないの?ねえ、」 凍りついたように動かない仲間たち。 不審に思い、手近なアンジュに手を伸ばした…が、触れることは敵わなかった。 伸ばした手首が、コンウェイに掴まれてしまったからだ。 「触らないほうがいい」 「…」 「あの光…"彼ら"には深い意味があるみたいだ。邪魔したくはないだろう?」 諭すような声音に不快にはなったものの、大人しく手を下ろす。 …動けているのは私とコンウェイ、コーダだけのようだ。 この三人(…二人と一匹?)の共通点は、何か。 …そんなもの、考えるまでもない。 「!…今の光景は…」 うつむいたまま状況の変動を待っていたところ、ルカの声が聞こえた。 顔を上げた時、既に全員は何事もなかったかのように動いていた。 全員、夢から醒めたような顔をしている。 「アスラのセンサス軍が、天上を統一した光景。だったよな?」 どうやら先ほどの光の渦は『記憶の場』といって、前世の記憶を掘り起こすものらしい。だからこの場にいた彼らには前世の…アスラの姿が見えたのだそうだ。 「カグヤも見えた?クシナダはあの場にいなかったけど…」 「……」 ルカの問いに、どう答えたものかと逡巡する。 …でも、仕方ないか。私は嘘だけはつかない、って決めてるし。 「見えなかった」 「!え…」 「何も見えなかった。…けど、あんまり気にしなくていいよ」 目を見開き、驚く仲間たちに笑ってみせる。 「私は…クシナダは、ちょっと特殊な事情があってね。皆とは少し違うんだ。だから何かしらの"例外"が働いても、全然不思議じゃないっていうか…」 「…そうなの?」 アンジュが心配そうに眉根を寄せている。 安心させてあげたいが、あまり深くは語りたくなかった。 私が言葉を詰まらせると、「そうやねん」と明るい声が代わって答えてくれた。 「クシナダは変わりモンやったさかい。現世でも色々あるんやろ。事情が」 「へえー……って、ちょっと待てェ!」 うんうんと頷くエルマーナに、スパーダが詰め寄る。 相変わらず見事なノリツッコミだった。惚れ惚れしてしまう。 「何でお前がクシナダ知ってんだよ?テキトー言うんじゃねえ!」 「なんや、失礼なやっちゃなあ。ウチ、テキトーなんて言っとらんで」 エルマーナが唇を尖らせる。 その後の彼女の一言は、一同を愕然とさせた。 「ウチ、ヴリトラやってん」 ルカにイリア、スパーダの絶叫が響き渡る。 私は両手で両耳を塞ぎながら、そっとコンウェイの隣に戻った。 彼の隣は『部外者席』だ。…だからもう暫く、ここに立たせてもらおう。 |