久方ぶりに訪れたレグヌム峠には、真新しい橋が架かっていた。

「よかったねー。また山道だったらどうしようかと思ってたよ」
「全くだな。あのつり橋も結構ヤバそうだったし」

肩をすくめるスパーダに、頷いて同意する。
あのつり橋はやばかった。別段高いところが苦手ってわけでもない私ですら、躊躇してしまうレベルだ。次はあの橋が落ちるんじゃなかろうか。

「そんなことどうでもいいのよ。それより、ここ乾燥してて…くしゃみが…」

ふぁ、とイリアが息を吸う。
直後に響く、くしゃみの二連発。その音に思わず全員が足を止めたとき、視界の端から何かが飛び出してきた。私たちの進路を塞ぐように降り立ったその影は、少し前に見たばかりの人物だった。

「呼ばれてないのに、ジャジャジャジャーン!」

相変わらずの口調。赤い槍を玩具のように担いだ彼は、確かハスタ…だっけ。

「ぎゃあああ、出たぁああっ!」

本能に身を任せ、絶叫するイリア。
知り合いかとアンジュに尋ねられたものの、全力で拒絶していた。
…前ほどじゃないにせよ、ずいぶんと怯えているようだ。

「こいつの名はハスタ。他人を殺めることを喜びとする、傭兵の面汚しだ」

イリアに負けず劣らず嫌そうな顔をしたリカルドが、無表情のままゆらゆらと揺れているハスタへ語りかけていた。戦場で逃げてから何をしていたか、とか。今なんのために現れたのか、とか。
当然応えないだろうと思っていたが、あにはからんや。
直立したハスタは楽しげに、こう告げた。

「レグヌムの枢密院から依頼を受けて、皆さんを皆殺しに来ました!来て差し上げたでごじゃるよ!」
「枢密院…?」
「本当に答えるとはな。貴様に守秘義務の概念はないのか?」

耳慣れない言葉に首を傾げる間もなかった。
ハスタは赤い槍を軽々と旋回させ、その鋭い穂先をこちらへ突きつけてくる。
ルカたちが武器を構える。
私はさりげなく後方へ下がり、アンジュとコンウェイの隣に並んだ。

「フン…貴様にはあえて秘密を漏らすことで、口封じのモチベーションを高めるという概念はないのか、リカルド先生?」

……あれ、リカルドの真似かな。ちょっと似てるかも。

「ではでは。ハスタくん、はじめてのおつかい…行きま〜す!」

刃が閃き、ハスタが跳ぶ。
真っ先に迎撃したのはリカルドだった。山中に銃声が響く。
ハスタはそれを難なく避けて着地し、反り返るような体制のまま槍を振るってくる。型とか流派とか、そういう類のものが一切ない。
デタラメというか、なんというか。適当である。

「ッ…つーか!なんで私ばっか狙ってくるんだよぉっ!」
「はっはっは。お待ちナサーイ」

前衛全員吹っ飛ばして、迷いなく後衛の私を狙ってくるハスタ。
矢継ぎ早に繰り出される斬撃から走って逃げながら、悲鳴を張り上げた。

「一対多数となりましたらぁ、一番強そうなのから殺すっしょ?フツウ」
「テメェの常識なんざ知らねーよ!」
「それでなんでカグヤなのよ!さっさと消えなさい!!」

私を追い立てる、隙だらけのハスタにルカやスパーダが切りかかる。
イリアの援護もあって、私は後衛に戻ることができた。
荒い呼吸を懸命に正す私に、アンジュが治癒術をかけてくれる。

「ファーストエイド。…大丈夫?」
「うん。ありがとう」

腕や顔にあった細かい裂傷が跡形もなく癒えていく。
私はアンジュに礼を言ってから、もう一度ハスタへと向き直った。

ほぼ互角の戦いだが、ルカとスパーダが僅かに押している。
やっぱりリカルドやイリアの銃、コンウェイの術の援護は強いようだ。

……って、そんなのはどうでもいいんだ。

「一番強そうなの…で、私か。結構鋭いのかな、あの人」

リカルドの銃で倒れたハスタを見て、溜息をつく。
…まぁ、私は術師だから。槍使いに襲われたら普通に死ぬけどね。

「ぐっふぅ…ターゲットは逃亡した転生者、ひとりだと…話が違うじゃねえか…!」

膝をついたまま悔しげに唸るハスタ。
彼が個人的に嫌いらしいスパーダとリカルドは躊躇なくトドメを差そうとしたが、間に合わなかった。ハスタは敗北が嘘のようにすっくと立ち上がり、「ハスタくん、ざんねーん!」と底抜けに明るい声を出している。

「でも!ハスタくんのいいところは、引き際の良さですねぇ!」
「…」
「わしゃ、もうか〜なわんよ!ハイチャラバーイ!」

唖然とする面々を置いて、ハスタは風のように去っていった。

「…引き際の良さっていうか、逃げ足の速さ?」
「全然、いいところじゃないわね」

困惑したアンジュが、頬に手をあてて思案する。

「でも、あの方"枢密院"って言ったわね。今は名だけ役職のはずなのに…」

彼女によると、枢密院とは教団の上層部による集まりのことらしい。
そして、そんな集団から仕向けられた暗殺者。
分からないことが多すぎるから、とりあえずレグヌムで情報を集めようということで固まったのだけれども、ここ一時間ほど喋ってない人が、若干一名。

「…えーと、コンウェイ?大丈夫?」
「ん…?ああ、大丈夫だよ。少し考え事をしてただけ」

いつも通りの、どこか胡散臭い笑みを浮かべたコンウェイ。
私もまたいつも通りに、ふうんと気のない返事をしておいた。

「君こそ大丈夫なの?随分念入りに襲われていたけど」
「あー…うん。まーね…」

嫌な話題に、げっそりと肩を落とす。

「ったく…私、体力無いのに。もうすげー疲れた…」
「ふふ。お疲れ様」

笑い事じゃないっつーの。
可笑しそうに笑うコンウェイを恨みがましく見上げながら、つり橋を渡り終える。ここからレグヌムまで歩くなら、二日くらいかかるだろう。
旅路は、まだまだ長い。


(ハスタ、か。あいつも転生者なのかなあ…)
(魔槍の刺客…強さに関するセンスは、彼が一番かもしれないな)

(…ねえアンジュ。後衛二人がなんかぶつぶつ言ってるんだけど)
(放っておきなさい、ルカくん)
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