まさかナーオスを出発して帰るまでに、三人も増えると思わなかった。 「傭兵って案外簡単に寝返るんだねぇ。びっくりした」 「…嫌味か?それにただ寝返ったんじゃない、違約金はきっちり払う」 警報に急かされるようにして走りながら、隣の黒コートが笑っている。 言わずもがな、西の戦場で会った"リカルド先生"だ。 アンジュを確保する依頼を受けていたらしいのだが、彼女の差し出したプラチナのネックレスであっさりと依頼を破棄、護衛まで引き受けていた。 ……なんだかなぁ。 「死神ヒュプノス、だっけ。リカルド先生の前世」 「その呼び方はやめろ。…そうだ。お前はクシナダだそうだな」 嫌そうに眉根を寄せたリカルド先生に肯いてみせる。 「そうだけど、私のこと知ってるの?」 「有名な噂だった。天空城には、籠に篭った美しい女神がいるとな」 思わぬ言葉に、目を見開いてしまった。 根も葉もない噂とはこういうのを言うのだろう。堪えきれずに笑い出す。 「やだなぁ。ありえないよ、そんな噂」 「…どういう意味だ?」 「だって。私、誰にも顔見せたことないもの」 今度はリカルドが目を見開き、呆然とする番だった。 その顔が面白くてまた笑ってしまう。…ダメだな、早く続き喋らないと。 「私の引きこもりは筋金入りだったのよ? 天空城に移住する時だって、籠ごとヴリトラに運んでもらったし」 「それはまた…壮絶な話だな」 「でしょ。美人だってのは否定しないけど」 呆れるリカルドと並んだまま、出口へ向けて走っていく。 ルカやイリアたちは珍しく後ろにいた。随分と体力を消耗していたから、私とリカルドが先導を申し出たのだった。 ……だけど、まだ休ませてあげることはできないらしい。 「転生者どもめ。この期に及んでコソコソと逃げおおせるつもりか?」 出口を背に、立ちはだかる一人の男。 大鎌を携えてこちらを睨んでくる彼は、どこからどう見ても敵だった。 「天上を滅ぼした下衆らしいわ。我が名はガードル、地上を護りし者」 「……ガードル?」 ライフルを構えたリカルドの隣で、敵の名を復唱する。 当然のように知らない名前だ。 だけど…なんだ、こいつ?どこか懐かしい気がする、ような。 「転生者の貴様ら全員、地上のために死んでもらう」 「地上のため?…どういうことよ!」 「…己が胸に聞いてみよ。地上の敵め!」 憎悪に染まった赤い瞳が、まっすぐに向けられている。 ただならぬ空気に息を飲んだその瞬間、ガードルは大鎌をふるって突進してくる。 標的はリカルドらしい。 私とリカルドはそれぞれ左右に跳んで、初撃を回避した。 が、相手も甘くない。迷いなく私に狙いを変え、追撃してきた。 「っ…フォースフィールド!」 「!」 咄嗟に張った障壁で攻撃を受け止める。 凄まじい力だった。薄い障壁越しに、ガードルの目が訝るように眇められる。 ……この、力。とても人間のものとは思えない。 「…む?貴様、まさか…」 「どきなさい、カグヤ!ツインバレット!」 ガードルを狙った銃弾が、私の真横を掠めて飛んでくる。 当たらないように回避すると、すかさずルカとスパーダが切り込んできた。 私とアンジュを除いて、五対一。 結果として乱戦のようになってしまい、ガードルは分が悪いと悟った途端に余力を残して撤退してしまった。…もう少し話を聞きたかった、と残念に思う。 「なんだったんだ、今のやつ?意味わかんねーこと言ってたが」 「地上の敵、か。君たちも災難だね」 どこか他人事のように笑うコンウェイに、スパーダが舌打ちした。 「…リカルド、どうしたの?ぼーっとしてるみたいだけど」 「!いや、なんでもない。それよりも出口は目前だ、急ぐぞ」 気遣うルカの視線を振り払ったリカルドが、再び出口へ駆け出した。 ぞろぞろと続く面々。 私も同様に走っていたけれど…とても、集中できそうにはなかった。 「ガードル、か…また会えるかな」 「うわ、何言ってんのカグヤ。もしかしてオッサン趣味?」 「…なにそれ。どういう意味?」 顔を引き攣らせたイリアに、思わず眉根が寄った。 オッサン趣味、の意味はよく分からなかったものの馬鹿にされたのは分かった。 イリアは睨みつけてくる私に驚いたのか、慌てて口を噤む。 「教えてくれないなら、アンジュに訊くけど」 「ちょ…バカ!やめなさいって!」 結局イリアは走る足をはやめて、私を置いていってしまった。 私の後ろには誰もいない。 完璧に逃げられた。 そう思うと苦い思いになったが、ガードルに関するもやもやは消えていた。 「……まあ、いっか」 置いていかれては適わない。 私もまた走る足を早め、遠くなっていた背中を追いかけた。 |