転生者研究所によく似た基地を、見張りに注意しながら進む。 十数分ほど歩き続けてやっと辿りついた大部屋には、緑色の液体が満ちたシリンダーが所狭しと並んでいた。…中には、人間が一人ずつ収まっている。 「これ、まさか転生者?」 「酷い…転生者だからって、何してもいいっての!?」 収まった人間は、どれもぐったりと弛緩している。既に死んでいるようだ。 イリアやルカたちが悲痛な声をあげ、スパーダが忌々しげに壁を殴りつけた。 「私、研究所で言われた。戦えない転生者は兵器の動力源にするって」 「兵器の動力源か…ふうん。ここにはまだ、ボクの知らないことが多いね」 怒りを露わに進んでいってしまったイリアたち。 残されたコンウェイがどこか感慨深そうに頷いていたが、何も問わなかった。 …正直、彼には深く関わりたくない。蛇が出てきそうだから。 「コンウェイ、早く行こう。イリアに怒られる前に」 「…そうだね。急ごうか」 シリンダーから目を逸らしたコンウェイと共に、イリアたちと合流する。 彼女たちは隣の部屋で立ち止まっていた。 何を見ているのかと不思議に思ったものの、私自身がその部屋に入ることで合点がいった。壁際に巨大な鉄の人形がぎっしりと並べられていたのだ。 「なにこれ?大きいねぇ」 「見て、中に椅子があるよ。もしかしてこれ、兵器なのかな」 緊張した様子のルカが言うと、スパーダが深く頷いた。 彼の指差した先には、鉄の人形に取り付けられた巨大な銃がある。 「対転生者用…とかかしら。動かないうちに、聖女攫って逃げましょ」 「う、うん」 慌てたイリアがそそくさと部屋を抜けようとする。 その瞬間だった。 入口のすぐ横にあった人形がガコガコと音をたて、列から抜き出てきたのは。 …同時に響く、けたたましい警報。 『音声識別、エラー。侵入者発見。排除シマス』 私たちの背後に聳えた人形が、銃口を突きつけてくる。 全身から血の気が引くのと時を同じくして、無数の弾丸が向かってきた。 「ぎゃああああああっ!」 「もうやだー、イリアが不吉なこと言うからああっ!」 「何よ、あたしのせいだってのッ!?」 銃弾を発しながら、滑るように追ってくる機械人形。 全員で出口に向けて全力疾走したが、逃げきるのが不可能なのは明白。 皆は早々に諦めて武器を構え、弾を装填する人形へ向き直った。 「仕方ねぇ、ぶっ壊すぞ!」 「うん!……あれ?」 いち早く駆け出したスパーダと、足を止めるルカ。 彼が見ているのは人形に取り付けられたシリンダーだ。動力源らしいから、やはり人が入っている。…問題は、その人が苦しげに身をよじっていることか。 「待って!シリンダーの中の人、まだ生きてるよ!」 「!」 ルカの声に、一同が目を見開く。 シリンダーの中身は若い女性だった。当然のように初めて見る顔…だけど、なんだか見覚えがあるような気がする。 後衛で支援術を唱えながら記憶を探った。 名前が…出てこない。あの人だ。アスラと一緒にやってきた、軍師の男。 「!そうだ、オリフィエル…オリフィエルだ」 「え?」 「イリア、シリンダー外して!多分あれ、アンジュ・セレーナだよ」 「はあ!?…わ、分かった!」 応えてくれたイリアが、コンウェイと同時に詠唱を始める。 ……彼らの術が完成・炸裂した途端、人形は動きを止めた。水に弱かったらしい。 「ここ開きそうだな。ルカ、引っ張れ」 「うん。…よいしょ、っと」 動かない人形からシリンダーを外し、その蓋を開く。 多少の粘性をもった緑色の液体が流れ出した。私とコンウェイで、気絶しているらしい内部の女性を引っ張り出す。 「ぅ、う……ん。ここ、は…?」 ゆっくりと開かれた双眸。眠そうに目を擦る彼女には、確かに見覚えがあった。 …もちろん、彼女自身に会ったことがあるわけじゃない。 彼女の前世。ラティオの軍師・オリフィエル…やっぱり、間違いない。 「ねえ。あんたって、ナーオスのアンジュ・セレーナであってる?」 「はい?…ええ、わたしがアンジュ・セレーナですが…どちら様かしら」 きょとんとするアンジュに、イリアが話を進めていく。 助けにきたこと。そして一緒に旅をしてほしいこと。 アンジュは黙って聞いていたものの、一緒に来て欲しいと聞いた途端、昏い表情をしてうつむいてしまった。彼女の握り締めた両手が震えている。 「助けていただいて、感謝します。でも…わたし、一緒には行けません」 「!どうして?」 「力は役立てるものよ。だけどわたしは一時の感情で大聖堂を破壊し、人々を危険な目に遭わせてしまった。…わたしは、自分の力が怖いの。ただ在るだけで迷惑をかけるなら…いっそこのままのほうがいいのかもって」 ぽつぽつと語られる、悲痛な感情。 それを聞いて思わず言葉を失ってしまった。 まさか、自分の力をそんな風に思う人間がいるなんて、思わなかったから。 「じゃあ、そのまま何もせずに人殺しの道具になりたいの?」 「…」 「もし過去の自分を悔いるなら、生きて償ったほうが賢明だと思うけど」 コンウェイの言葉は、慰めるとか励ますとかよりも、尻を叩くようだった。 案の定、アンジュは一層深くうつむいてしまう。 …どうしたもんかなぁ。私は、この子と一緒に行きたいんだけど。 「ねえアンジュ。君がみんなを助け、癒したのも"異能の力"だよ」 「…だけど」 「力は使い方で、剣にも盾にもなる。役立てるってそういうことでしょ?」 「そうだぜ。ごちゃごちゃ言う前に、あんたが何をしたいか考えろ!」 苛立つスパーダと、荒い語気で同意するイリア。 それでもアンジュは迷っていたが、口を開いたルカの「正しい道は自分で決めるしかない」という言葉に、目が醒めたような顔をしていた。 「自分を信じてみようよ。ねえ、一緒に行こう?」 「ちょっと、自信ないなぁ。…でも、甘えてちゃダメね」 はにかんだアンジュが、ゆっくりと立ち上がる。 「わかったわ、あなたたちと一緒に行く。…よろしくお願いします」 改まり、深々と頭を下げたアンジュ。 その顔は疲れていたものの晴れやかで、確かに前世の面影を残していた。 |